日本の面影

Glimpses of Japan
失われる日本人の精神性に、将来を憂う  リンクフリー
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終戦日に寄せて。世界各国が自国のため戦ったことを歌っている、
ドノヴァンの『ユニヴァーサル・ソルジャー』について

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(2013.8.26)
日本では8月15日が終戦日とされてますが、その後もソ連による日本人のシベリア抑留が続いたり、満州や朝鮮はもちろん、本土でも米軍により日本人は悲惨な事態に晒され続けました。

お盆に私の実家 福岡へ行った際、当時の満州や朝鮮で、ソ連兵や朝鮮人、シナ人らの被害に遭った女性たちへの対処に当てられたという、二日市保養所跡にも立ち寄って参りました。

【二日市保養所】  以下、Wiki(2013.8.26現在)より引用
終戦直後より在満・在朝日本人は塗炭の苦しみを味わうことになった。追放や財産の略奪に止まらず、強制連行や虐殺などで、祖国の地を踏むことなく無念のうちに斃れた者も少なくなかった。これに加えて女性は、朝鮮人やソ連兵、中国人等による度重なる強姦を受けた末、心ならずも妊娠したり、性病に罹ったりしたにもかかわらず、何ら医療的治療が施されずにいた。そして強姦により妊娠・性病罹患した女性の中には、これを苦にして自殺する者が少なからず出た・・・
在外同胞援護会救療部では、引揚船に医師を派遣し、引揚者の治療に当たったが、殊のほか女性の性的被害が多いことに愕然し、早急に専門の治療施設を作る必要があると上部に掛け合った。こういう経緯で、1946年(昭和21年)3月25日に「二日市保養所」が開設されることになった。医師は在外同胞援護会救療部員(旧京城帝国大学医学部医局員によって構成)が担当した・・・
麻酔薬が不足していたため、麻酔無しの堕胎手術が行われ、死者も少なからず出た。当時の医師の証言によると、閉鎖まで約500人に堕胎手術を施したという。梅毒や淋病などの性病患者も約500人いたという。

   


上の写真はJR二日市駅、保養所跡の石碑とその裏の文面で、石碑の横に祠(ほこら)があるのですが、本来その中にあるはずのお地蔵様(母子像らしい)が、なぜか私が行った時はありませんでした。お地蔵様は、いったいどこへ行っちゃったのでしょう?
今はあるのならいいのですが、また、何者かに盗まれたりしたのではと、ちょっと心配してるのですが……

尚、石碑裏に刻まれている文の内容は以下の通り。

【建立趣旨   福岡市 児島教三】
昭和二十一・二年の頃、博多港には毎日のように満州からの引揚船が入っていた。
その中に不幸にしてソ連兵に犯されて妊娠している婦女子の多いことを知った旧京城帝国大学医学部関係の医師達は、これら女性を此処 −旧陸軍病院二日市保養所− に連れてきて善処した。
この事実を千田夏光氏のルポ『二日市・堕胎医病院』(晩聲社刊)で知った私は、堕胎が当時法律で禁止されていることを知りつつ職を賭して行った彼等の人道行為は後世に伝えらるべきであると思いこの碑を建てた。
そして今は夫々の家郷で平穏な日々を送っておられるであろう彼女たちが三十数年を経た今日、この地を訪れて往時の先生や看護婦さんに感謝の意を伝えたい時、この碑がそのよすがとなれば、と念じている。

昭和五十六年三月
福岡市博多区堅粕四丁目 平藤権 刻字


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(2012.8.16)
『ユニヴァーサル・ソルジャー』  ドノヴァン  (1965)
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