日本の面影

Glimpses of Japan
失われる日本人の精神性に、将来を憂う  リンクフリー

本物の“大和撫子” 入門  〜 『女大学』より

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(2012.8.10)
『女大学』(おんなだいがく)とは、江戸時代中期から女子教育に用いられるようなった江戸時代のベストセラー。貝原益軒(かいばら えきけん)が著した『和俗童子訓』(詳しくは右画像クリック)の【女子を教ゆる法】部分を元にして、1716年に刊行された教訓書。
ここでいう「大学」とは四書五経のひとつである大学のことで、今の教育機関の大学のことではない。

『女大学』では、女性の誠を19か条にまとめ、これらを幼少の頃からよく教えこむことが肝要で、嫁入り道具を立派にすることより、こうした教育のほうが婦人を幸せに導くのである、と説かれている。明治期以前の日本における女のあり方を説いた書といえる。
そして明治末期になって『女大学評論』『新女大学』を著し、従来の『女大学』を封建的だとして徹底的にいち早く否定したのこそ、実は福澤諭吉である。福澤の『新女大学』では、いわゆる男女平等色が非常に強くなっており、それまでの日本が男尊女卑と断じられ、それによって『女大学』は以後、古い女子教育の考え方”とされるようなってしまった。非常に欧米的でありフェミ的ともいえるイデオロギーのハシリを、福沢が脱亜・欧米マンセーで日本に持ち込んだという感は否めない。

また三島由紀夫は、ギャグ混じりでしょうが『反貞女大学』(背徳の女大学)なるものを著し、女へ浮気のススメまでしてますが、そして不倫を成就するには夫を選べと・・・三島ってのは男色家であったりコワれてる側面も多く、いろいろ曲者ですね(この女装シーンの出てくる映画『地獄に堕ちた勇者ども』を絶賛する三島の気持とか、なぜかわかりやすく感じてしまう)。

「ある女は心で、ある女は肉体で、ある女は脂肪で夫を裏切る」という三島の有名な言葉がありますが、結局、三島自身が女に裏切られたことが相当あったから、こういう言葉が出てきたんだと思うし、女に裏切られるというのは、やっぱりその男自身に何か原因があるかもと考えるべきでもあって、そういうところから三島は確かに女に裏切られやすいタイプの男だった気がしないでもないわけで、女へ「夫の選択から入念に行え」なんて指南するより、まずは男である三島の方にこそ「女を見る目を養え」って言ってやりたいような・・・

大先生とされている福澤諭吉や三島由紀夫のような大御所を私ごときが論破してしまうようでは、いったい何なのかって感じですが・・・

下記は『女大学』 19か条。(詳しくは右画像クリック)
良妻賢母、自分に厳しく人に尽くす、当時こんな教育を幼い頃から受けていた日本女性“大和撫子”が、世界が憧れる最高の女性たちであったのは当たり前ですね。

中でも「不妊は離縁されるべき」、人権左翼からするととんでもない暴論だろうけど、一つ大事なこと言っておくと、子供が出来ないなら家は絶えますからね。家がなくなるってのは、それまで継承されてきたものがすべて消え去るってことなわけで、そんなので喜ぶのは普通、左翼ぐらいしかいないわけで。
養子をとればいいだろ、と言うかもしれないけど、血のつながってない子供では、とる意味ないよね。せめて同じ血筋、親類の子から養子にしたりしないといけないはずだけど、少子化でそれさえ今じゃ大変困難だよね。
これだけ読むと、子供が生まれないからと当時は平気で離縁される女がゴロゴロいたようにも感じるけど、実際そんなことだけで簡単に離縁してたのかというと、それは全く違っていたようです。側室をとる手だってありましたし。
勝手な都合で女を切り捨てようとする男への厳しい戒めとしては、お岩さんの『東海道四谷怪談』のような当時の舞台で大人気だった作品とかに伺えます。

要は分相応ということでしょう。子供が産めなくても気立ていい女だったら大切にすべしと貝原益軒翁も説いてるわけで、だからといって今のフェミみたいに「子供産まなくて何が悪い! 人権侵害だー!」なんて開き直って下品にワメいたりしてる連中はカス、最低なわけで。

それと念のため補足しておきますが、「歌舞伎や神社仏閣等、人の多く集まる場所へ若い女は行くな」とありますが、これは要するに今の社交場のようなところへ若い娘が行くべきでないということですね。当時の歌舞伎や神社仏閣は日本の伝統芸・文化を見に行くというより、今のディスコやパーティ催しのような社交場としての意味合いがあったわけで、現代の歌舞伎や神社仏閣の位置づけイメージとは全く異なります。

この19か条、現代に生きる私からしても至極まっとうな内容に思いますが、人によっては「男尊女卑だー!」「女にだけ厳しすぎる!」とか騒ぐ人いそうですが、これに対して男に求められていたのが武士道であって、『女大学』と全く同時期である1716年頃に刊行された『葉隠』の言葉に代表されるように「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」が、当時の武士の男へは普通に求められ、それこそ武士のあるべき姿であったわけで。
『女大学』より、『葉隠』のその言葉だけ誇大解釈されたりした方がよっぽど危険なように思えるし、三島由紀夫が敬愛した『葉隠』でもあるわけですが、男色の楽しみ方なんてのまであって、そういう変なところにまで三島が感化されたあげく、自決にまで至ってしまった感も否めません。

ぜひここをご覧の親御さん、特に女の子をお持ちの方は、娘さんに『女大学』について「江戸期、昔の女の子の基本はこんなだったんだよ。これが本当の大和撫子というものなんだよ」って、教えておいてあげましょうね ^▽^)   (続く)
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【 『女大学』  十九か条 】
一〜三条は、女子教育の在り方。
四〜一九条は、婦人の在り方。
(一) 女子は成長して、嫁に入り、夫と親に仕えるのであるから幼少のころから過保護にしてはならない。
(二) 容姿よりも心根の善良なことが肝要で、従順で貞節そして情け深くしとやかなのがよい。
(三) 女子は日常生活全般なに亘り、男女の別をきちんとしなければならぬ、幼少といえども混浴などもってのほか。
(四) 七去の法。(淫乱・嫉妬・不妊・舅に従順でない・多弁・盗癖・のある嫁は離縁されるべき)
(五) 嫁いだら夫の両親を実の親以上に大切にせよ。
(六) 妻は夫を主君として仕えよ。
(七) 夫兄弟や親戚を敬愛せよ。
(八) 夫に対して嫉妬心を抱くな、感情的にならず冷静に話し合う事。
(九) 無駄話はするな。人の悪口、他人の悪評を伝えるな、気をつけないと家族、親類の不和を招く元になる。
(一〇)婦人は勤勉でなければならぬ。歌舞伎や、神社仏閣等人の多く集まる場所に行くのは四十歳未満の婦人は好ましくない。
(一一)神仏に頼って祈りすぎてもいけない。人事を尽くせ。
(一二)万事倹約を旨とせよ。
(一三)主婦がまだ若い場合は、みだりに若い男に近づいてはならない。たとえ夫の親戚や下男であっても。
(一四)衣服はあまり目立たず、分相応に、清潔を保つこと。
(一五)夫方の付き合いを重視せよ。自分の親への勤めを果たすときでも夫の許しを得ることが肝要である。
(一六)みだりに他人の家へ出入りするな、普段は使いをやるのがよい。
(一七)召使を置く場合でも、任せきりでなく、自分の労苦をいとわずやるのが、婦人のつとめである。
(一八)おしゃべりな下女は解雇し、しつけはきちんとし、褒美をやるときは、けちけちしないで与えよ。
(一九)主婦の心の持ち方をのべている。従順であれ・怒り恨むことなかれ・人の悪口をいうな・ねたむな・思慮浅くするな。

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(続き)◆本物の“大和撫子”入門 〜 貝原益軒『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】より

(終り)◆本物の“大和撫子”入門 〜 我の否定、徹底した自己犠牲精神 新渡戸稲造『武士道』より

◆早期セックスを青少年に煽るマスコミ・左翼なのに、仕事持つ健全な男性が女子高生と交際したら犯罪者にされるというダブルスタンダード

◆“なでしこジャパン” に精神侵略を感じ取れる人って、どれだけいますかね?

◆DVやセクハラは存在しないが、虐待は存在する 〜 女権洗脳の次に来る、子供の権利洗脳

◆わが子の育て方、しつけの仕方 〜 母親のための人間学 家庭教育の心得

◆安直に女性の自由や自立を煽るフェミニストは、詐欺犯罪者も同じ!

◆結婚に魅力がなくなってリスクになった 〜 本来、結婚や花嫁ってのはね

◆美人はバカで性格悪いのが多い!? 〜 大切なのは、家族の幸せを願う自己犠牲精神

◆失われた日本人の精神性と天皇の祈り 〜 信仰とは信条を持つこと。神を信じる否かは関係ない 〜 母と子が父の無事を祈る『里の秋』

◆自然の摂理に反し続ける日本 〜 歪曲された男女観と価値観

◆犬が亭主の人気漫画と日本の伝統文化“化け猫”の話 〜 同性愛、フェミニズム、オタク、ペットはワンセットの日本破壊工作
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本物の“大和撫子”入門
〜 我の否定、徹底した自己犠牲精神 新渡戸稲造『武士道』より

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(2015.6.18)
「結婚して間もない彼は、自分が特別攻撃隊員として間もなく出撃することになったことを妻に告げ、日時がわかり次第知らせると約束した。出動命令が出たとき、彼は約束どおりそのことを妻に通知した。ところが彼の特攻機が離陸できなかった。代機が送られてくるまでの間、特攻出動の延期を知らされた数日後、彼は大阪の妻の実家へ急いだ。出撃ができずに生きている旨、電報で知らせておいたのである。ところが彼が着いたのは葬式の行列が玄関前から動きだす直前であった。妻は死んでいた。夫から出撃命令の知らせを受け取ったあと、彼女は夫の写真とその最後の手紙を前に正座し、剃刀で頸動脈を切った。電報は誤って配達され、悲劇を未然に防ぐ役割を果さなかったのである。彼は妻の死と自分の生存という事実の前に呆然自失となった。その後多年のあいだ強硬症の状態がつづき正常に戻らなかったそうである。」
『高貴なる敗北―日本史の悲劇の英雄たち』(1975、アイヴァン・モリス著)より。

これはその精神がアダとなって別の形で悲劇を生んでしまったものですが、勇敢な特攻隊員のみならず、この頃の日本女性、可憐でありながらどれだけ高潔で物凄かったかおわかりになれると思います。きっと二人は子宝にも恵まれ靖国で幸せに暮らしていることでしょう。
高貴な大和撫子が死んだのは戦後です。戦前はこの通り、まだ立派に生きていたのです。その精神のために数多くの人が死んでも、その魂はいろんな人が引き継いで生き続けてきた……それこそが偉大な日本の歴史。貴方たちは、この高貴な日本女性の血を引いた人々。パッパラパー洗脳マスコミやデタラメ教育に振り回されず、この精神を思い出して、生き方を変えましょう。

日本文化の随一の研究者で三島由紀夫とも親交あったアイヴァン・モリスの『高貴なる敗北』(詳しくは右画像クリック)は、ハリウッド映画『ラスト サムライ』の企画元にもなった著作で、敗北を恥じとしない日本人の不屈の侍魂、大和撫子の精神を世界に知らしめた大変な名著です。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、有間皇子、菅原道真、源義経、楠木正成、西郷隆盛ら、そして最後に神風特攻隊員について書かれており、外国人がこれほどまでに日本人の心を深く掘り下げた適格な洞察なしてるのに驚嘆されることでしょう。そして今の日本人自信が、如何に歴史ある日本人の精神について無知で無理解であるかを、きっと思い知らされることにもなりませう。

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(2014.9.20)
厳しい躾けの元、至上の精神で、男たちと日本を長いあいだ支え続けた武家の女たち。
その辺で、ナデシコなんちゃらとか気安く冠してる連中が、けがらわしく見えてしまいます。
本当に、世界一 女らしく、強い心を持っていた高貴な大和撫子をわかってるのかと……何とも腹立たしいです。
皆様、先人に恥じない生き方、してますか?

ここで紹介の会津戊辰戦争の一幕。『明治維新―歴史を変えた日本の戦い』 (ポプラ社コミック版日本の歴史) より(詳しくは画像クリック)

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(2012.11.25)   (戻る)
このシリーズの一連のエントリーを読んで、胸に突き刺さるような思いをしながらも、心が浄化されるような感覚を覚えた方、たくさんおられるのではないでしょうか。
【本物の大和撫子入門】《最終章》は、武士道で求められた女性の理想像について、新渡戸稲造の『武士道』(1900)から(詳しくは右画像クリック)。
こちらも貝原益軒の『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】の部分と同じく、『武士道』が求める女性像についての部分は文庫本で十数ページなので、1時間もあれば読み通せます。ぜひ『武士道』原文(和訳)のご本を読まれてみてください。
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新渡戸稲造 『武士道』 「武士道が求めた女性の理想像」より

【家庭的であれ、そして女傑でもあれ】

『妻を意味する漢字である「婦」は箒(ホウキ)を持っている女性を表している。その箒は当然ながら、結婚相手に対して攻撃したり、防御するために振り回すためではない。また魔法を用いるためでもない。
英語の場合、妻(wife)は織り手、娘(daughter)は乳搾りという語源から発生したが、漢字の「婦」の場合も、それに劣らず家庭的な語源である。』

『武士道は、同じく「自己自身を女性の有する弱さから解き放ち、最も強く、かつ勇敢である男性にも決して負けない英雄的な武勇を示した」女性を讃えた。したがって若い娘たちは、感情を抑制し、神経を鍛え、武器、特に長い柄の「薙刀(なぎなた)」と呼ばれる武器を操り、不慮の争いに対して自己の身体を守れるように訓練された。
しかし、この種の武芸習得の主な動機は、戦場でそれを用いるためではない。それは二つの動機、すなわち一つは個人のためであり、もう一つは家のためであった。主君をもたない女性は自分の身を護る術を鍛えた。女性は夫たちが主君の実を護るのと同じくらいの熱意でわが身を潔く守った。女性の武芸の家庭における効用は、後に見るように息子たちの教育にあった。』


【たとえ命を失おうとも、貞操を守れ】

『少女たちは成年に達すると「懐剣」と呼ばれる短刀を与えられた。その懐剣は時には彼女たちを襲う者の胸に、また場合によっては彼女自身の胸に突きつけられるのであった。実際には後者の場合が多かった。
彼女たちの懐中には常に彼女自信の武器がしのばせてあった。自害の方法を知らないということは女性にとって恥とされた。喉のどの部分を斬るかを知っておかなくてはならなかった。
また死の苦しみがいかほどであろうとも、そのなぎがらは乱れを見せず、端正かつ安らかな姿で見いだされねばならなかった。そのためには両膝を帯ひもでしっかりとしばる方法を知っておく必要があった。
貞操はサムライの妻にとっては最も貴ばれた徳目であって、生命を賭しても守るべきものとされていたのである。』

【女性に求められる務め、立居振舞】

『女性には芸事や、しとやかな日常生活が要求されていた。音曲、歌舞、読書をすることは決しておろそかにされなかった。踊り(芸者の踊りではなく、サムライの子女の踊り)は立居振舞をなめらかにするためにのみ教えられた。詩吟や鳴り物は父あるいは夫の憂さを晴らすためのものであった。
したがってその稽古は必ずしも技巧や芸そのものを学ぶためではなかった。究極の目的は心を浄化することにあった。
さまざまな芸事も、常に道徳的な価値に従うべきものとされ、音曲や舞踊は日常生活に優雅さと明るさを加えるだけで十分とされた。それらは見栄や奢侈のためのものではなかった。他人に見せたり、それによって世に出るためのものではなかった

それは家の中の気晴らしのためのものであった。たとえ他人を交えた集まりで披露されることがあったとしても、それは妻女たちの務めであり、いい換えれば、客へのもてなしの一部であった。』

家を治めることが女性教育の理念であった。古き日本の女性の芸事は武芸であれ、文書であれ、主として家のためのものであった。
彼女たちが身を粉にして働き、時には、生命まで棄てるのはひとえにその家名を守るため
であった。』

【自己否定なくして、「内助」の功はありえない】

女性が夫、家、そして家族のために、わが生命を引き渡すことは、男が主君と国のために身を棄てることと同様に、自らの意志に基づくものであって、かつ名誉あることとされた。
自己否定----これなくしては女性の人生の謎を解く鍵は見当たらない。それは、男性の忠義同様に女性が家を治めることの基調であった。女性が男性の奴隷でなかったことは、その夫たちが封建君主の奴隷でなかったことと同じである

妻たちが果した役目は「内助」の功として認められた。妻女たちは奉公の上り階段に立っている。彼女は夫のために自己を棄て、夫はそれによって主君のために自己を棄て、最後に主君は天に従うことが出来るというわけである。』

武士道の教え全体が徹底した自己犠牲の精神に染めあげられており、その精神は女性のみならず、当然のこととして男性にも要求された、ということである。
一人のアメリカの女性解放運動家は、「日本のすべての若い女性たちよ。古い慣習に反対するために決起せよ」と叫んだ。だが、この自己犠牲の教訓が完全に消え失せない限り、日本の社会はこの軽はずみな考え方を受け入れないであろう。そのような反対運動は成功するだろうか。それによって女性の地位が改善できるだろうか。そのような性急な運動によって勝ち取られた権利は、果して現在、日本の女性たちが受け継いでいる極めて優しい気質や温順な振舞を失うことと引き合うだろうか。
ローマの女性たちが家庭のことを顧みなくなってから、言語に絶するほどの道徳的退廃が起ったではないか。あのアメリカの解放運動家は、日本の女性たちの反乱が、彼女たちが歴史的進歩のためにとるべき真の進路であると保証できるのだろうか。』

【家庭において最高に重んじられた女性】

『武士道は二項方程式の基準を持っていた。つまり、女性の価値を戦場と家庭の、双方で測ろうとしたのだ。戦場においては、女性は全く重んじられることがなかった。だが家庭においては完全であった。女性に与えられた待遇は、この二重の尺度に対応していた。すなわち女性は社会的、あるいは政治的な存在としては重要ではないが、他方、妻、あるいは母としては女性は最高の尊敬と深い愛情を受けていた
ローマ人のように軍事的な国民の中で、母親たちがなぜあのように敬愛されたのか。それは彼女たちがまさしくマトローナ(matrona)すなわち母親であったからではないか。男性は女性を戦士、あるいは立法者としてではなく、自分たちの母親として、その前に謙虚に脱帽したのであった。そのことは私たち日本人とて同様である。
父や夫が出陣し、家は留守になりがちであったため、家の中のやりくりはすべて母や妻の手に委ねられていた。子女の教育、時によっては家の防備も彼女たちに託された。私が先に述べた女性の武芸は、その子女の教育を賢明に実行していくためのものであった。』

『私には、日本人の結婚についての考えは、ある点で、いわゆるキリスト教徒よりも遥かに進んでいると思われる。
「男と女は合いて一体となるべし」(創世記)
アングロ・サクソン人流の個人主義は夫と妻が二人の人間である。とする考えから抜けられない。二人がいがみあう時、彼らにそれぞれ別の「権利」が認められ、二人の気が合う時は、あらゆる種類の馬鹿馬鹿しい愛称や、あまり意味のない、甘い囁きを交わすことに費やされる。
他人に対して夫や妻が、それぞれの半身のことを、それが善き半身であるか、悪しき半身であるかは別にして、かわいい、聡明である、やさしい、などと語るのを聞くと、私たち日本人にはとてもわざとらしく聞こえる
。』

『武士道に特別な徳目や教訓がサムライの階級だけに限られていたのではなかった、ということは驚くに当たらない。このことは、武士道の感化が日本人すべてに行き渡っていた、ということ・・・』
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新渡戸はクリスチャンでありながら、冷静にキリスト教徒の欠点やアングロ・サクソンの個人主義を批判し、この通り旧来の日本人の価値観・男女観の優位性をきっぱりと主張しています。

また女が命を賭けても貞操を守るというのは、江戸時代の子女教育書 貝原益軒『和俗童子訓』や【女大学】にも共通してますが、古き頃から一貫して日本女性の美意識とされていました。

女として自害を恐れない勇敢さは、明治維新直前まで江戸の長い太平の間もサムライの子女たちにおいて守り通されてきました。
『平家物語』で知られる、源氏に追い詰められた平家、安徳天皇とその侍女らの入水も有名ですが、会津戦争(1868)で朝敵とされて悲劇的な末路を迎えた会津藩、その記録から。
新官軍と戦うことになった会津藩の侍の妻子たちは、最後のサムライの子女であったと言うことも出来ると思いますが、追い込まれた会津藩の武将 西郷頼母の妻子たちは籠城せず、頼母の妻 千恵子(34歳)らと西郷家宅に残りました。

『千恵子が母 律子の部屋に入り、最後の用意を促し、やがて自室に入り、二歳の季子を抱き、夫の妹二人とわが子二人とともに、水杯をあげ、辞世を残し、まず三女田鶴子8歳を刺し、四女常盤4歳が驚いて叫ぶのを制し、
「汝も武士の子なるぞ」
と、さとしてこれを刺し、さらに断腸の思いで季子を刺し、刃をかえして、自らを刺して倒れる。
夫の妹たちも自害、母 律子と祖母も隣室で自害、居合わせていた多数の西郷家親族たちも自刃して果てた』
 (『会津戊辰戦争』平石弁蔵著より)。

けれども今の、私の人生、女の権利、自由、男女平等……そして命が大事。昔も今も同じ日本人、日本女性ではあるのに、似ても似つかない現代日本と当時の価値観とは正に対極。如何に日本人が精神侵略で心を蹂躙され、狂わされてしまったか!
新渡戸のいうアメリカ人女性の呼びかけに日本女性はなびいて、今や完全に屈してしまったわけです。日本人のDNAを思い出してください。

今のようにフェミニズム、女性の社会進出だの女権拡張イデオロギーが猛威をふるう前までは、現代の“戦場”と同じ位置づけとして、職場が男の“戦場”とほぼ同義であるように、日本では捉えられていたように感じます。少し前まで(概ね1980年代までは)、私の若い頃までは男女ともそういう認識があったし、私が子供の頃の教育のされ方も一般にそんな風でした。
そして女は内で、家を守って子供を育てる。女がそれに命を賭けることは、日本の長い歴史の中で培われ受け継がれてきた、日本の伝統・文化を守るための大事な慣習だったのです。

これが今やアメリカの白豚女にそそのかされて、「女の権利侵害!」、「なんで男だけ外で好き勝手やってんのよ!」……「なんで、好きだって言ってくんないの?」、「なんでカワイーって言ってくんないのよ!?」なーんて、新渡戸やかつての日本人にはわざとらしいものとしか聞こえなかった言葉の数々を、今の日本女性が騒いで求めるようなってるとするなら恥です。そうなってるなら、誇り高い偉大な日本女性が奴らに完全にたぶらかされて洗脳され、精神侵略が完了してしまったことを意味します。日本女性、大和撫子にとっての本当の強さを勘違いしないようにしましょう。  (終)

『ラブ・ラブ・モード』  ディミトリ・フロム・パリ  (1997)
Love Love Mode (Long Version) - Dimitri from Paris -

        
フランスのハウスDJ ディミトリ・フロム・パリですが、CDジャケットも日本のマジンガーZ風のロボットになってたり(詳しくは上右写真クリック)、大の日本アニメ好きだとか。日本人娘が「ラブ ラブ モード、ラブ ラブ モード」って繰り返すのが、外人からもとってもキュートに感じられるようです。もちろんヤマトナデシコのイメージとはかけ離れた曲。好きな曲ではありましたが、これが今の日本人女性のイメージとするなら口惜しい限り ^^)

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(始めから)◆本物の“大和撫子” 入門  〜 『女大学』より

(戻る)◆本物の“大和撫子”入門 〜 貝原益軒『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】より

◆『エマニエル夫人』〜『失楽園』〜『千と千尋の神隠し』 女への阿婆擦れフシダラ洗脳工作の時系列ポイントと『或る女』

◆特に女の子の場合は、育て方をハッキリさせておかないとヤバイことになりますよ 〜 子育てについて 女の子編

◆三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン 往年の豪華キャスト 〜 侍の武士道の美徳が満開! 映画『レッド・サン』を見ました

◆“美人は得”のウソ 〜 “カツマー”、“アムラー” バカ女の総称と思え! 共通するのは自己犠牲精神のなさ

◆大切なのは、どんな子を育てるかではなく、どんな子を育てる子に育てあげるか 〜 子育てについて

◆1970年代後半から男を呼び捨て子供番組による男女平等精神侵略 〜 日本人なら、女が男を呼び捨てにしてはいけません

◆映画『Sayonara』 愛を貫いて死を恐れない、ヤマトナデシコ〜 変れば変るもの。日本人の美意識

◆“男の浮気” と “子供の死” には覚悟をしておいた方がいい 〜 本当に強い女性とはこういうこと。女としてのポジション確認

◆女が仕える価値ある男、男が守るべき価値ある女 〜 今の“男女平等”社会のままで目指せると思いますか?

◆美人はバカで性格悪いのが多い!? 〜 大切なのは、家族の幸せを願う自己犠牲精神
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本物の“大和撫子”入門 〜 貝原益軒『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】より

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(2012.11.16)   (始めから)
武将ブームとされ、時代考証無視でイケメン武将が出てきたり武将が女にされたりワケのわからないメチャクチャなドラマやアニメばかり持ち上げられてますが、じゃあ、女としてどうあるべきなのかが、全く教えられていません。いくら歴史・武将ブームに熱中しても、これでは日本の女がパッパラパー化するだけです。
武将研究より先に、往年の日本女性 大和撫子がどういう教育をされていたか、まずはそっちから入っていかないと、先人に笑われちゃいますよ。
特に「明治維新は薩長による陰謀、革命だー!」、「江戸時代こそ日本の理想郷」とされてるような方々は尚更、江戸期の教育・精神基盤とされた貝原益軒の教えとかの勉強を、ぜひされてみてください。
とにかく貝原益軒(1630-1714)の著作(特に『和俗童子訓』)や、女子教育書『女大学』は必読ですよ。

日本初の体型的な教育書 貝原益軒『和俗童子訓』(詳しくは右写真クリック)に収録されてる【女子を教ゆる法】は、江戸期の女子教育規範の原典であり、これを元に何度か改訂が加えられ、その後は『女大学』と称されて江戸時代に広く普及、もちろん明治から戦前までの女子教育にも大きな影響を与えてます。

『和俗童子訓』にある【女子を教ゆる法】は、日本女性 ヤマトナデシコとしての心得の基本中の基本、いわば日本人にとっての子女教育における聖書といえるでしょう。
『女大学集』(詳しくは右写真クリック)を全部読まなくとも、その原典となったこの『和俗童子訓』だけでも、ぜひ読んでみてください。平易な文体だし、【女子を教ゆる法】の部分は文庫本でわずか十数ページなので、1時間もあれば十分読み通せます。周りの方にもどんどん薦めてください。ここのことも、より多くの人に拡散してください。
少なくとも私たちの世代なら、今は亡き私らのお婆ちゃん達がいったいどういう教育を受けていたか、スゥーッと頭に入ってきて、あの時代の女性たちと心がつながること、きっと出来ますから。
『和俗童子訓』を一家に一冊、置いておきましょう。それから、ゆっくりでもいいので『女大学』の方へ進んでほしいものです(ただし福澤諭吉の『女大学評論』『新女大学』は完全にフェミイデオロギーなので無用)。

新しい子育て本なんか読む前に、日本人ならまずはこの『和俗童子訓』を読んでみてください。読めばきっと左翼イデオロギーまみれで眠かった目も、パッチリ開眼することでしょう。
今日はその内容をいつくか抜粋させていただきます。
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貝原益軒 『和俗童子訓』 【女子を教ゆる法】 より

【女児はひとえに、親の教え一つで育つものである】
父母の教え、怠るべからず。親の教えなくて、育てぬる娘は、礼儀を知らず。女の道にうとく、女徳をつつしまず、かつ女功の学びなし。是れ皆、父母の子を愛する道を知らざればなり。

【幼児より女徳を養い育てよ】
およそ女は、かたちより、心のまされるこそ、めでたかるべけれ。女徳を選ばず、かたち(容貌)を本としてかしづくは、いにしえ今の世の、悪しき習わしなり。

女の徳は和・順の二を守るべし。和らぐとは、心を本として、かたち・言葉もにこやかに、うららかなるを云う。順(したがう)とは人にしたがひて、そむかざるを云ふ。

【婦人は敬順の道を貴ぶ】
「敬順の道は婦人の大礼なり」と云へり。然れば女は、敬順の二つを常に守るべし。敬とはつつしむ也。順はしたがふ也。
およそ女の道は順を貴ぶ、順のおこなはるるは、ひとへにつつしむより起これり。

【男は外を治め、女は内を治める】
いにしへ、天子より以下、男は外を治め、女は内を治む。王后以下、皆内政を務め行ひて、婦人の職分あり。今の世の習ひ、富貴の家の婦女は、内を治むる務めうとく、織り・縫ひのわざにおろそかなり。いにしへ、わが日の本にては、かけまくもかしこき天照大神も、みづから神衣を織りたまひ、斉服殿にましましける。その御妹、わかひるめのみことも亦しかり。これ日本紀に記せり。

【女性の四行】
女に四行あり。一に婦徳、二に婦言、三に婦容、四に婦功。此の四は女の務め行ふべきわざ也。
婦徳とは、心だてよきを云ふ。心正しく、いさぎよく、和順なるを徳とす。婦言とは、言葉のよきを云ふ。偽れる事をいわず。言葉を選びていひ、にげ(似気)なき悪言をいたさず。いふべき時、いひて、ふ用なる事をいはず。人其いふ事を嫌はざる也。
婦容とは、かたちのよきを云ふ。あながちに、飾りを専らにせざれども、女は、かたち(容)なよよかにて、おおし(雄々)からず、装いのあてはかに、身持ちきれいに、いさぎよく、衣服もあかづき汚れなき、是れ婦容なり。
婦功とは、女の務むべきわざ也。縫ひ物をし、紡み・績ぎをし、衣服を整えて、専ら務むべきわざを事とし、戯れあそび、笑ふことを好まず。食物、飲物をいさぎよくして、しうと、夫、賓客にすすむる。是れ皆、婦功なり。

【女児七歳にして文字を習う】
七歳より和字を習はしめ、又、おとこもじ(漢字)をも習はしむべし。淫思なき古歌を多く詠ましめて、風雅の道を知らしむべし。
是れまた男子のごとく、はじめは、数目ある句、みじかき事ども、あまた読み覚えさせて後、孝経の首章、論語の学而編(がくじ)、曹大家が女戒などを読ましめ、孝・順・貞・潔の道を教ゆべし。
十歳より外にいださず、けい門の内にのみ居て、織り縫ひ、紡み績ぐ、わざを習はしむべし。仮にも、淫いつなる事を聞かせ知らしむべからず。小歌、浄瑠璃、三線の類、淫声を好めば、心を損なふ。
此の頃の婦人は、淫声を、好んで女子に教ゆ。是れ甚だ風俗・心術を損なふ。いとけなき時(早い時)、悪しきことを見聞き、習ひては、早くうつりやすし。女子に見せしむる草紙も、選ぶべし。いにしへの事、記せるふみ(文)の類は害なし。聖賢の正しき道を教えずして、ざれ(戯)ばみたる小唄、浄瑠璃本など見せしむる事なかれ。また、伊勢物語、源氏物語など、其の言葉は風雅なれど、かやうの淫俗の事を記せるふみを、早く見せしむべからず。又、女子も、物を正しく書き、算数を習ふべし。物かき。算を知らざれば、家の事を記し、財をはかる事あたはず。必ずこれを教ゆべし。

【婦人三従の道】
婦人には、三従の道あり。凡そ婦人は、柔和にして、人に従ふを道とす。わが心にまかせて行ふべからず。
父の家にありては父に従ひ、夫の家にゆきては夫に従ひ、夫死しては子に従ふを三従といふ。身を終はるまで、わがままに事を行ふべからず。必ず人に従ひてなすべし。

【婦人七去の法】
婦人に七去とて、悪しき事七あり。女子に教え聞かすべし。一には父母に従はざるは去る。二に子なければ去る。三に淫なれば去る。四に妬めば去る。五に悪しき病あれば去る。六に多言なればさる。七に盗みすればさる。此の七の内、子なきは生まれ付きなり。悪しき病はやまひなり。此の二は天命にて、力に及ばざる事なれば、婦のとがにあらず。

古き文にも、「婦に長舌あるは、是れ乱の階なり。」といへり。女の口の利きたるは、国家の乱るる基となる、といふ意なり。

女の、男子の如く物いふ事を用うるは、家の乱れとなる。凡そ家の乱れは、多くは婦人より起こる。婦人の禍は、必ず口より出づ。戒むべし。

もし夫不徳にして、家、貧賎なりとも、夫の幸なきは、婦の幸なきなれば、天命の定まれるにこそと思ひて、憂ふべからず。

【女児を幼児から、厳しく教えよ】
凡そ女子を愛し過して、ほしひままに育てぬれば、夫の家にゆきて、必ず驕りおこたりて、他人の気に合はず、つゐには、しうとにうとまれ、夫にすさめられ、夫婦不和になり、追ひ出され、恥を晒すもの多し。

【早くから女功を教えこめ】
女子には、早く女功を教ゆべし。女功とは、織り縫ひ、紡み績むぎ、すすぎ洗ひ、又は食を整ふるわざを云ふ。

【男女の別をはっきり立て、貞節を守れ】
父母となる者、女子のいとけなきより(早いうちより)、男女の別を正しくし、行儀を、かたく戒め教ゆべし。
女は心ひとつを貞しく、潔くして、いかなる変に会ひて、たとひ命を失ふとも、節義をかたく守るこそ、此生後の世までのめいぼく(面目)ならめ。

【嫁する女に、父母の教うべき十三か条】

後の『女大学』で十九か条に改訂されたものの方がわかりやすいでしょう。詳しくはこちらご参照を。
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上記内容を現代だと、どう捉えるか、各自考えてみましょう。さほど難しくないと思います。わかる人ならわかるだろうけど、現代にもピッタリ当てはまるでしょう? もちろん、マスゴミの垂れ流してるものには注意。
十歳になったら外に出るなと言うのは、そのままでは現代では難しいでしょうが、だからと言ってこれでは現代に合わないなんてなるのでなく、たとえ十歳過ぎた女が外に時折出ていても、上記教えの大事なところ、守るべきところを守っていれば、現代でもきっと立派なヤマトナデシコになれるものと思います。

また、「(子孫相続のためにも)子なきは去れ」とありますが、心が和らかで行い正しい女なら、その必要はないと、ちゃんと補足されてます。
現代のフェミ女だと、なんで女だけ従ってばかりなんだとバカ言いそうだけど、これに対して男に求められてたものが主君や目上の者への忠義です。そしてこっち男の方には、命を懸けることまで求められていたわけ。それが当時の日本の秩序。女が好き勝手やってたら、男だって上から下まで好き勝手やりだすのは当たり前。
戦前までの日本は、この武士道的精神がまだ生きていたから、あれだけ強国だったのです。
(続く)

『ポップ・ミューヂック』(ポップ・ミュージック)(1979)
Pop Music ( or "Pop Muzik") - M
(詳しくは右画像クリック)
Mは英国のミュージシャン。全米1位、テクノ系で初の世界的大ヒットとなった曲。今日の超硬派な記事を読んでカチカチに力むことなく、こんな曲でも聴いてリラックス、和んでください ^▽^)

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(2013.8.19)
うちの場合、双方の実家に帰るのは西へ東へ大変なもので、子供一人であっても相当張ってきます。それに比べて同郷の結婚というのは、さぞや楽なことでしょうね。

私の実家の福岡は古代史的にも大変貴重な場所柄ですが、その福岡で生まれ育ち、黒田藩に仕えていた貝原益軒のお墓参りにも行ってきました。益軒先生の墓所は福岡市の金龍寺というところにあります。
今回、訪ねて初めて知ったのが、何と益軒先生自身には子供がなかったということ、そして墓所では、益軒先生とその東軒夫人が仲よく並んで眠っているんですね。益軒先生は五男だったので、本家末裔の方がずっと家を継がれてるそうです。
益軒先生は初婚で39歳の時に17歳の夫人と結婚され、夫人は以後、東軒と名乗ります。益軒先生は86歳という当時にしては大変な長命だったわけですが、夫人が62歳で亡くなった折ガックリきたのか、一年と経たぬうちに自身も亡くなられてます。

儒学のような思想的学問のみならず、生物学から農学まで、貝原益軒は日本のアリストテレスともいわれた日本史上最高の大学者であり、旅好きもあって日本各地を大変精力的に周られ、生涯に亘って博物的研究にいそしんでいたわけですが、その旅には奥様が同行されることが非常に多かったということです。1年以上を共に旅されてたこともあり、夫婦揃ってそれだけ活動されてたような方というのは、それまでの日本にいなかったのではないでしょうか。益軒先生自身は字が上手ではなかったのに対して、東軒夫人は大変な達筆だったそうで、夫人が益軒先生の著述をまとめたり、実際に手助けされることもあったようです。

「子無きは去れ」と、一見、女に厳しく説いてる風でいながら、夫人の良き人柄あってでしょうが、子供のない自分の奥様には大変お優しい方だったんだということで、益軒先生がそれだけ奥様を慈しみ愛され、これだけ行動を共にされていたなんて、なんて素敵な夫婦だったのだろうと感激いたしました。

日本の教育学の始祖とされ、戦前の教育では絶大な影響力を持っていた貝原益軒。左翼教育の普及で、現代日本では完全に無視されていますが、今回私が墓所を訪れ、ここで私がこんなことを書いて紹介するのも、きっと益軒先生の一念が私に伝わってのことだと信じてます。
来年2014年は、この貝原益軒先生の没後300年となります。

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(続き)◆本物の“大和撫子”入門 〜 我の否定、徹底した自己犠牲精神 新渡戸稲造『武士道』より

(始めから)◆本物の“大和撫子” 入門  〜 『女大学』より

◆武士の子女教育カリキュラム 〜 貝原益軒『和俗童子訓』より

◆仁・義・礼・智・忠・孝……五倫、四徳、五条、四端の心から道を修むる 〜 侍が学んだものを学び、偉大な先人たちと志を一にす

◆家庭内における戦前の教育再現 〜 わが家で使ってる子供用教本

◆子育て、死生観が変わる。読んでおきたい日本の古典 〜 『土佐日記』と、一茶の俳句

◆敗者の名誉を重んじた日本人 〜 日本で切腹が存在した意味

◆女は軽々しく男とつきあうな! 男はビッチ尻軽女に心を惑わされるな! 〜 ストーカー予防法と、ストーカー利権拡大図る左翼

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