日本の面影

Glimpses of Japan
失われる日本人の精神性に、将来を憂う

満州は日本の生命線だったのです
〜 押しつけられた、日本軍による南満州鉄道爆破 自演説の虚偽

(2018.1.22)
英霊の思いに通じる、先の戦争についての日本人としての正しき認識

南朝の武将たち、後醍醐帝の思いを知っておかないと、英霊たちの思いに通じることはできません。
そして東京裁判の欺瞞などについても、うちの子にはいろいろ教えてますし、小学5年生の頃から本も読ませてましたが(子供でも読みやすい本についてはまた後ほど紹介させていただこうと思ってます)、後に学校より先に塾で教えられて、「日本軍は満州鉄道を爆破したの?」って聞いてきました。「日本軍は偉い」と思ってた子供は、そんな話を耳にした時、大変なショックを受けたようですね。私に尋ねてきてた時も動揺してる感があったし、とても悲しそうに聞いてきました。
私は即座に答えました。「日本軍が満州鉄道を爆破したなんて記録はどこにもない。当時のシナは日本軍に攻撃を仕掛けてたし、それこそ東京裁判で押し付けられた捏造の歴史なんだよ」って。
そして下の戦前の教科書を見せてあげ、コピーもとってあげました。それを読んだ子供は目の色も変わって急に元気になり、「これを先生の机にコッソリ置いてくる!」とまで言ってました ^▽^) 「こんなものを先生の机に置いてたりしたら、誰が置いたんだって大騒ぎになるから」とやめさせましたが(笑)

下写真は昭和14年(1939年)発行 三省堂「新女子国史」から(当時の高等女学校歴史科用 文部省検定済教科書)。

【満州国の独立】(画像クリックで拡大できます)
「支那は諸条約を軽視し我が国の満州に於ける権益を侵害、遂に南満州鉄道を爆破したので満州事変が起こり、両軍の衝突を見るに至った。満州住民は独立して満州国と称す。我が國は東洋平和を確保し共存共栄の実を挙げるため正式にその独立を承認し、両国共同防衛に当る」
塾で教わる前から、東京裁判の欺瞞についての本は読ませてあったので、日本をワルモノにするための東京裁判について子供は詳しく知っています。
日本本土には資源がない。石油も鉄も欧米に止められ、日本は独自で資源国を目指そうとしただけ。満州は日本の生命線でした。
日本軍が満州鉄道を爆破したなんて記録は軍のどこにもないのに、戦後、さもそれが事実のように教えられてます。
関東軍の将校だった板垣征四郎や石原莞爾らも、満州鉄道爆破はシナによるもので日本は自衛戦争をしただけだと東京裁判時も明言していたのに、彼らが死んだ後、花谷正という朝鮮臭い軍人と秦郁彦という南京大虐殺の存在などをも主張する売国学者、つまりアメに買収されたクズ共が共謀してストーリーを作り上げ、満州鉄道爆破は日本軍によるものだと、河出書房や朝日新聞とかで大々的なデマを広めていきました
。だからその時まで、東京裁判が終わってもしばらくは日本軍が満州鉄道を爆破したなんて話は存在していなかったのです。今のように日本軍による自作自演なんてのが正史として教えられるようになったのは花谷が言い始めた1955年からなんですよ。(ちなみに昭和天皇の死後に発表され、昭和天皇がA級戦犯の悪口言ってたとする捏造の富田メモが本物だと主張したのも秦郁彦)

戦後、満州鉄道の爆破は日本軍の自演とされたことで、反日自虐史観のルーツとなる

私がここをやりはじめた時は、満州鉄道爆破事件について、Wikiにもシナやソ連による陰謀説とかキッチリ載っていたのに、今見たら戦後ずっとあとに書かれた朝日新聞や講談社等の反日捏造書籍などからの引用を根拠に関東軍による爆破説が完全な事実として書かれていて、ひどい内容。今のWikiは嘘八百、デタラメばっかり。慰安婦強制連行とか南京大虐殺とかより、日本の捏造自虐史観の最初の楔が打ち込まれたのは、この満州鉄道の爆破が日本軍による自演とされてしまったところからですよ。それまでは、一方的に断罪されたデタラメの東京裁判でさえも証拠不十分で日本軍による自演との確定はされなかったのに、1955年以後、南満州鉄道の爆破が柳条湖事件として日本軍による自演だというのが固定事実とされてしまったところから、今のすべての自虐史観につながっていってるのです。今の日本人は皆、それに洗脳されてます。

大体、満州事変の発端となった南満州鉄道爆破がシナ軍によるものと信じて死んでいった英霊たちに、どのツラさげて「あれは日本軍の自作自演だった。あなたがたは皆、ダマされていたのですよ」なんて言えるのですか! もしそれが本当というなら東京裁判で多くの将校たちが処刑されたのは当然って風になってしまいますよね。それならアメリカ、連合軍によって裁かれた東京裁判史観こそ正当で、当時の日本軍の指揮官たちが処刑されるのなんて当たり前ではないですか。
英霊たちに「あなたがたは皆ダマされてた」なんて言えるはずもないし、「満州鉄道の爆破はあなたがた日本軍の自作自演!」なんて言うことほど英霊を侮辱するものはありません!
当時の教科書通り、南満州鉄道の爆破はシナ軍によるものだったのです。そこを理解しておかないと、いくら靖国に行っていようが、国を信じて命をかけて散った英霊たちの思いに、貴方がたの心は何一つつながることは出来ないのです。

私には日本を守るなんて大それたことは出来ない。でも、英霊の思いなら、ここで一人でも守れる。私は当時の英霊の思いを今でも知る数少ない日本人。絶対的な自信がある。だって私は当時の人々がリアルで読んでた本をこんなに沢山読んでるんだもの。そして、このサイトさえあれば、ここを読んでる貴方も、今日から英霊と真に思いを通じ合える仲間になれる。私がここで数百人にその思いを伝えられているのなら、ここを見た皆さんがさらに家族や大事な人たちにそれを伝えることができれば、その思いは数千人数万人にも伝わっていけることでしょう。貴方も主役になれる!

戦時童謡 - 守れよ満洲 (1931) 詳しくは右画像クリック
歌:平井英子 作詞:西条八十 作曲:松平信博
出だしからショッキングな歌詞ではじまります。当時の日本人の満州への痛切な思い。聴いてください。
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◆陛下の靖国参拝こそが核心。総理や閣僚の参拝は本質問題ではない

◆大東亜戦争(太平洋戦争)の起こったわけ (完答)

◆戦争を煽って日本を破滅に追いやった朝日新聞 〜戦後は日本弱体化扇動の急先鋒

◆日本女性の魅力を引き出す、着物での美しい所作、歩き方 〜 映画『忠臣蔵』より

◆大日本帝国の唱歌を歌い継ごう! ─10月30日は教育勅語発布日 〜 教育勅語を称える、唱歌『勅語奉答』を10歳の子供にピアノ弾き語りで歌ってもらいました!

◆ヒトラーが画家を目指していた頃、ナチス台頭期のドイツに行ってみよう 〜 帝政崩壊とルール占領、ハイパーインフレ

◆戦前の絵本から 〜 真実の日本軍。最強だったその勇姿

◆戦後の歴史教育を捨てよう。 歴史教育 再興   ̄糞彿歛姑如\鐐阿旅饂法米本史)学習年表

◆“神”、“カリスマ” 左翼プロパガンダの常套手段 〜 本物の神を貶め、“神”を安売りする貧脳 左翼メディア

◆フェミ左翼、グローバル反日勢力に乗っ取られた大相撲 〜 悪の巣窟 評議員制度、協議会、第三者委員会、放送倫理委員会BPO等も

◆日本人の歴史の血と骨であった仇討ちについて真剣に考えてみよう

◆フランス革命ネタです。“暗殺の天使”シャルロット・コルデーと「マラーの死」

◆朝日新聞の売国職員の処刑方法はどれがいい? 〜 反日 朝日新聞には命をもって償ってもらう以外ないだろう
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『日本書紀』より、「(古代朝鮮半島の日本府)任那滅亡」

(2013.7.4)   (戻る)
『日本書紀』(720年)は、日本最古の正式な歴史書(詳しくは右画像クリック)。
これには、倭の官家(みやけ)が治める古代朝鮮半島南部の任那や百済はじめ、新羅や高句麗などとの激しい攻防の記録が、実に生々しく記載されてます。

以下は『日本書紀』の任那(みまな)についての記述から。
新羅の侵攻により、徐々に倭国は朝鮮半島内の勢力圏を失っていきます。きっとこれを読めば、当時の朝鮮半島に支配域を持っていた古代日本人、天皇陛下らの無念の思いが痛いほど伝わってくることでしょう。
古代日本と朝鮮半島の関係、民族の根幹に関わる、これだけ詳細な史実を教えないどころか、デタラメの捏造朝鮮史観を教えている日本の学校教育は狂ってます。朝鮮スリ寄り歴史学者らは万死に値します。
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【聖明王 任那復興の協議】
百済の聖明王は任那の早岐(かんき)らに語って、
「日本の天皇(すめらみこと)の意志は、もっぱら任那の回復を図りたいということである。どんな策によって任那を再建できるだろうか。皆が忠を尽くして御心を安じようではないか」といった。
任那の早岐らが答えて、「先に再三新羅とは話し合いましたが、まだ返事もありません。また相談したことを新羅に告げても、回答することもないでしょう。今皆で使いを遣わして、天皇に申しあげましょう。任那を復興しようということの大王(聖明王)のお考えに異議はございません。しかし任那は新羅に国境を接していますので、恐れることは卓淳(とくじゅん)らと同じ滅亡の運命にさらされないかということです」

・・・(聖明王は)「昔、新羅は高麗(当時の高句麗のこと)に助けを乞い、任那と百済を攻めたけれども、勝てなかった。新羅がどうして独力で任那を亡ぼすことができようか。今自分がお前たちと力と心をあわせ、天皇の威力に頼れば、任那はきっと復興できる」といった。

【新羅謀略の戒め】
聖明王は任那に対して、
「世の中でもあとをつぐ者は、父祖の業を担って、それを盛んにし、功績を成し遂げることを尊ぶ。だから今からでも、先祖の図った親交を尊重し、天皇の詔勅に従って、新羅が掠めとった国、南加羅・喙己呑(とくことん)らを奪いかえし、もとの任那に返し、日本を父とも兄とも立てて永く仕えようと考えている。これこそ自分が物を食べても旨からず、寝ても安からぬ程の気掛りである。過ちを悔い今後を戒め、気を配って行こう。新羅が甘言を用いて策略することは、天下周知である。うっかり信用して、すでに計略にはまっていた。

任那の国境は新羅に接しているから、警戒をおろそかにはできない。計略にはまれば、国を失い家を亡ぼし身は虜となる。自分はこれが心配で安心できない。聞くところでは任那と新羅が策を決定する際も、(新羅は)土壇場で蜂や大蛇のような本性を表すと、世の人はいう。
禍いの兆しは、人々の行動を戒めるために現れるのである。天災は人々にその非を知らせる。天の戒めはまさに先祖の霊の知らせである。禍に遭ってから悔い、亡んでから興そうと思っても及ばない。今われと共に天皇の勅を承って任那を立てよう。

・・・誠心を尽して任那を栄えさせたい。天皇に仕えることは昔のように、今後のことを充分配慮し、はじめて安泰がある。
今、日本府が詔のまま任那を救えば、天皇からもほめられ賞禄もあろう。日本の諸卿は長く任那の国に在って、新羅に交わり、新羅の実状はご存知である。任那を侵し、日本の力をはばもうとするのは久しいもので、今年のみではない。だがあえて新羅が動いていないのは、近くは百済を警戒し、遠くは天皇を恐れてである。朝廷を巧みにあやつり、偽って任那と親しくしている。新羅が任那の日本府に取入っているのは、まだ任那を取れないから、偽装しているのである。今その隙間をうかがい兵をあげ討ちとるのがよい。天皇が南加羅・喙己呑を建てよと勧められることは、近年のことだけではない。新羅がその命に従わぬことは、卿らもよく知っている。天皇の詔を承って、任那をたてるためにこのままでよいことはない。卿らが甘言を信じて偽りにのせられ、任那国を亡ぼし、天皇を辱めたてまつることのないよう充分慎んで欺かれないように」
といった。

【日本への救援要請】
五月八日(552年)、百済・加羅・安羅は、中部徳率木蛤F悄覆舛紊Δ曚Δ箸そつもくらこんとん)・河内部安斯比多(こうちべのあしひた)らを遣わして奏上し、「高麗(高句麗のこと)と新羅と連合して、臣の国と任那とを滅ぼそうと謀っています。救援軍を受けて不意を突きたいと思います。軍兵の多少についてはお任せします」といった。
(天皇は)詔して、「今、百済の王、安羅の王、加羅の王、日本府の臣らと共に使いを遣わして、申してきたことは聞き入れた。また任那と共に心を合わせ、力を専らにせよ。そうすれば、きっと上天(あめ)の擁護の福を蒙り、天皇の霊威にあずかれるであろう」といわれた。

【任那の滅亡】
二十三年(562年)春一月、新羅は任那の官家(みやけ)を打ち滅ぼした。総括して任那というが、分けると加羅国(から)、安羅国(あら)、斯二岐国(しにき)、多羅国(たら)、率麻国(そつま)、古嵯国(こさ)、子他国(こた)、散半下国(さんはんげ)、乞きん国(こっきん)、稔礼国(にむれ)の合わせて十国である。

夏六月、(天皇は)詔して、
新羅は西に偏した少し卑しい国である。天(きみ)に逆らい無道で、わが恩義に背き、官家をつぶした。わが人民を傷つけ、国郡(くにこおり)を損った。
神功皇后は、聡明で天下を周行され、人民をいたわりよく養われた。新羅が困って頼ってきたのを哀れんで、新羅王の討たれそうになった首を守り、要害の地を授けられ、新羅を並み外れて栄えるようひきたてられた。神功皇后は新羅に薄い待遇をされたろうか。わが国民も新羅に別に怨があるわけでない。しかるに新羅は長戟(ながきほこ)、強弩(つよきゆみ)で任那を攻め、大きな牙、まがった爪で人民を虐げた。肝を割き足を切り、骨を曝し屍を焚き、それでも何とも思わなかった。

任那は上下共々、完全に料理された。王土の下、王臣として人の粟を食べ、人の水を飲みながら、これをもれ聞いてどうして悼まないことがあろうか。太子・大臣らは助け合って、血に泣き怨をしのぶ間柄である。大臣の地位にあれば、その身を苦しめ苦労するものであり、先の帝の徳をうけて、後の世を継いだら、胆や腸を抜きしたたらせる思いをしても奸逆をこらし、天地の苦痛を鎮め、君父の仇を報いることが出来なかったら、死んでも子としての道を尽くせなかったことを恨むことになろう」
といわれた。

【伊企儺(いきな)の妻 大葉子】
捕虜にされた調吉士伊企儺(つきのきしいきな)は、人となりが猛烈で最後まで降伏しなかった。
新羅の闘将は、刀を抜いて斬ろうとした。ムリに褌(はかま)をぬがせて、尻を丸出しにし、日本の方へ向けさせて大声で、「日本の大将、わが尻を喰らえ」と言わせようとした。すると(伊企儺は)叫んで言った。「新羅の王、わが尻を喰え」と。責めさいなまれても前の如く叫んだ。そして殺された。
その子の舅子(おじこ)も、また父の屍を抱いて死んだ。伊企儺の言葉を奪えぬことこのようであった。諸将もこれを惜しんだ。

その妻の大葉子も、また捕虜にされていたが、悲しみ歌って、

「からくにの きのへにたちて おほばこは ひれふらすも やまとへむきて」
韓国の城の上に立って大葉子は、領巾(ひれ。肩にかけた飾りの白布。これを振るのは惜別の行為)を振ろう。日本の方へ向って。

ある人がこれに和して歌った。

「からくにの きのへにたたし おほばこは ひれふらすみゆ なにはへむきて」
韓国の城の上に立って大葉子は、領巾を振っておられるのが見える。難波の方へ向いて。
伊企儺について詳しくはコチラもご参照を


夏四月十五日(571年)、(欽明)天皇は病に伏せられた・皇太子は他に赴いて不在であったので、駅馬を走らせて呼び寄せた。大殿に引き入れて、その手をとり詔して、「自分は重病である。後のことをお前にゆだねる。お前は新羅を討って、任那を封じ建てよ。またかつてのごとく両者相和する仲となるならば、死んでも思い残すことはない」といわれた。
この月、天皇はついに大殿に崩御された。時に年(みとし)若干。
五月、河内国古市に殯(もがり)した。
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この通り、欽明天皇は最後まで任那復興を夢見ながら亡くなられます(百済の聖明王は554年に戦死)。
任那十国は、天皇を奉る藩のようなものだったといえましょう。
日本書紀には任那、当時の朝鮮半島の情勢が詳細に記述されており、上記は一部引用にすぎません。
任那(日本府)滅亡後も、日本は百済を拠点に朝鮮半島内における勢力圏を持ち続けますが、白村江の戦い(663年)で倭・百済連合軍と唐・新羅連合軍が対決、日本(倭国)は敗北し百済も滅亡。それにより日本は朝鮮半島内における覇権を完全に失ってしまいました。
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◆朝鮮人は、朝鮮半島に住んでいた古代日本人を蹂躙した侵略者!

(戻る)◆古代日本史における朝鮮半島の倭国領を歴史から取り返さなければならない! 〜 朝鮮に文化をもたらし、古代朝鮮半島南部を支配した倭人

◆こないだまで、古代日本は朝鮮半島南部を支配していたと教えられていたのに 〜 日本府 任那を消し去った売国奴学者列伝 実は朝鮮人か!?

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より А…鮮半島の変遷。韓土の形勢 任那 日本府の滅亡

◆神棚と天照大神について 〜 日本神話 “アマノイワト”伝説の美しい絵本から

◆イザナギとイザナミに見る、日本における男女のあり方 〜 日本神話を題材に

◆日本神話の絵本について 〜 子供たちに日本と天皇へ愛着を持たせましょう

◆失われた日本人の精神性と天皇の祈り 〜 信仰とは信条を持つこと。神を信じる否かは関係ない 〜 母と子が父の無事を祈る『里の秋』

◆性善説的な視点に立った教育勅語、「修身」道徳教育の補完としては、「毒をもって毒を制す」のマキアベリズムこそ最適

◆日本の童謡の世界は比類ない最高のもの 〜 それと子供には神話絵本も!

◆日本が好きな親なら子供には教育勅語! 〜 小学生以上なら暗唱できるよう覚えさせてみませんか?

◆日本神話が題材のスペクタクル巨編 映画 『 日本誕生 』について

◆天照大神が女神だからと女系天皇を主張するノーナシ左翼を一網打尽に論破、撃沈さす! 〜 男系継承を堅持したアマテラスとスサノオの子供たち
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戦前の道徳教科書『修身』に見る加藤清正の武勇伝
〜 自虐史観の正反対から見る豊臣秀吉の朝鮮侵攻

(2012.5.16)
右のオススメにも載せてある、前にもご紹介した戦前の道徳教育『修身』教科書(詳しくは右画像クリック)、いつも学校へ行く前に子供と読んでます。
うちの子は毎朝、「行ってまいります」と言って学校に出かけてますよ〜
時々、「行ってきます」になることもありますが、「“行ってまいります”の方がカッコいいよ」ってヨイショして、「行ってまいります」と言って出かけるのを見ると、わが子ながらホレボレしてしまいます ^▽^) もちろん毎朝、玄関で送ってあげてます。毎日が、戦時下で出征する子供を送り出すようなのとほぼ変わらない厳粛な気分で、1日が始まります。

毎朝、「お母さん、行ってまいります」と言って出かける子供を見てると、きっと皆さんの気持ちも変わっていくだろうと思います。逆に、お母さんがご主人を送り出す時は、毎日、敬意を示して送ってさし上げてくださいね。そして、ご主人が帰ってきたら必ず出迎えて上着をとってあげたりするだけで、家の中に全然違う空気が生まれますよ。

今朝の『修身』教科書は、日本の武将を代表する勇猛果敢な加藤清正の朝鮮侵攻にまつわるエピソード。テーマは「信義」(右写真クリックで原文や槍を携えた豪快な清正の挿絵が見れます)。ただ、この話は私も詳しく知らず、この内容だけではわかり難いところも多かったので、よく調べてみたので後に子供にも補足しようと思います。

それにシナ(明)と朝鮮を敵として戦う話なので、学校で子供が気安く話してしまうと余計なトラブルに巻き込まれかねないので、子供には注意しておくよう言いつけてあります。
でも、“世界はお友達”でなく、昔の日本の武将がシナ・朝鮮と命がけで戦っていた・・・リアルな日本の歴史の話だし、子供はノリノリで聞いてましたよ。

加藤 清正(かとう きよまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。肥後国熊本藩初代藩主。別名 虎之助(とらのすけ)
豊臣秀吉の家臣で、賤ヶ岳の七本槍の一人。その後も各地を転戦して武功を挙げ、肥後北半国を与えられ、秀吉没後は徳川の家臣となり、関ヶ原の戦いの働きによって肥後一国を与えられて熊本藩主となりました。
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朝鮮侵攻(文禄・慶長の役)における加藤清正の痛快な活躍  2012.5.16 wiki参照

豊臣秀吉の命により、文禄元年(1592)に始まる文禄・慶長の役で、日本は朝鮮へ出兵した。

文禄の役では二番隊主将となり鍋島直茂、相良頼房などを傘下に置いた。同じく先鋒である小西行長率いる一番隊とは別路をとり、4月17日の釜山上陸後は行長と首都漢城の攻略を競い、5月3日南大門から漢城に入城した。漢城攻略後は一番隊や黒田長政の三番隊と共に北上し臨津江の戦いで金命元等の朝鮮軍を破る。その後黄海道金郊駅からは一番隊、三番隊とは別れ東北方向の咸鏡道に向かい、海汀倉の戦いで韓克誠の朝鮮軍を破り、咸鏡道を平定。現地の朝鮮人によって生け捕りにされていた朝鮮二王子(臨海君・順和君)を捕虜にした。
更に清正は朝鮮の国境豆満江を越えて、満洲のオランカイ(兀良哈)へ進攻。しかし当地は明への侵攻路から外れている上に得る物が乏しいため、早々に朝鮮領内へ引き上げ、咸鏡北道を帰順した現地朝鮮人の統治域とし、日本軍は吉州以南に布陣した。日本軍の去った咸鏡北道では朝鮮人の義兵が起こり、吉州を攻撃したがこれを撃破する。その後、明軍が現れた京畿道方面に配置転換が命じられ咸鏡道を引き払い漢城に入った。

文禄2年(1593)6月の第二次晋州城の戦いで加藤軍は北面からの攻城を担当し、亀甲車を作り、配下の森本一久・飯田直景が、黒田長政配下の後藤基次と一番乗りを競い城を陥落。

明・朝鮮と本格的な交渉が始まると、清正は主に惟政らに秀吉の講和条件を伝えた。だが秀吉の条件は明にも朝鮮にも到底受け入れられるものではなかった。このため、秀吉の命令を無視してでも和睦を結ぼうとする小西行長・石田三成らは、清正が講和の邪魔になると見て、彼を秀吉に讒訴。清正は京に戻され謹慎となる。増田長盛が三成と和解させようとしたが、清正は断っている。しかし慶長地震の際、秀吉のいる伏見城へ駆けつけ、その場で弁明したことにより許された。

慶長2年(1597)からの慶長の役では、左軍の先鋒となった小西行長に対し、右軍の先鋒となる。再び朝鮮に渡海する際、行長は明・朝鮮軍側に清正の上陸予想地点を密かに知らせ、清正を討たせようとしている。しかし敵の李舜臣はこれをワナだと判断して出撃せず、清正は攻撃を受けなかった

日本軍の作戦目標は先ず全羅道を徹底的に撃滅し、さらに忠清道へも進撃することと、その達成後は後退して拠点となる城郭群を建設することであった。西生浦倭城を発った清正は全羅道に向かって西進し、朝鮮軍の守る黄石山城を陥落させると、全羅道の道都全州を占領。次に忠清道鎮川まで進出し、ここに最初の作戦目標を達成した。

日本軍の諸将は築城予定地まで後退。清正は西生浦倭城の東方に新たに築城される蔚山(うるさん)の地に入り、自ら縄張りを行った後、加藤安政等を配備して西生浦倭城に移った。蔚山倭城の建設は帰国予定の浅野幸長と宍戸元続等の毛利勢(毛利氏は他に梁山倭城の築城も担当)が担当した。加藤清正は西生浦倭城に加え蔚山倭城の守備担当であった。

慶長2年(1597)12月、完成が間近に迫った蔚山倭城へ5万7千人の明・朝鮮軍が攻め寄せて蔚山城の戦いが始まると、清正は急遽側近のみ500人ほどを率いて蔚山倭城に入城した。未完成で水も食糧も乏しい状況で、毛利秀元や黒田長政等の援軍の到着まで明・朝鮮軍の攻撃に10日ほど耐え、この戦いを明・朝鮮軍に2万人の損害を与える勝利へと導いた。慶長3年(1598)9月にも再び蔚山倭城は攻撃を受けるが、この時には城も完成しており、前回ほど苦戦せずに撃退した。

清正は朝鮮の民衆から「犬、鬼(幽霊)上官」と恐れられた。なお、朝鮮出兵中に虎退治をしたという伝承が残り、そこから虎拳という遊びの元になった。セロリを日本に持ち込んだとされており、セロリの異名の一つが「清正人参」である。

京都市左京区の大徳寺総見院には清正が朝鮮より持ち帰ったとされる朝鮮石を彫り抜いて作られた掘り抜き井戸が残る。
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ちなみに加藤清正を明・朝鮮軍に売り渡そうとしたり、奴らのスパイになっていたようにさえ思える小西行長について。
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小西 行長(こにし ゆきなが)  2012.5.16 wiki参照

泉州堺の商家に生まれ、一時期は宇喜多氏に仕え、後に豊臣秀吉の家臣となったキリシタン大名。
朝鮮での戦いが長引き、戦意を喪失した明軍と兵糧不足に悩む日本軍との間の講和交渉の際、行長は石田三成と共に明との講和交渉に携わり、明側の講和担当者・沈惟敬らと共謀し、秀吉には明が降伏すると偽り、明には秀吉が降伏すると偽って講和を結ぼうとする。この時、行長家臣の内藤如安(明側の史料では小西飛騨)が日本側の使者として明の都・北京に向かった。
この結果、明の使者が秀吉を日本国王に封じる旨を記した書と金印を携えて来日する事になった。これは日本国王が明の臣下になることを意味するもので、秀吉が求めていた講和条件は何ら含まれないものだった。これを秀吉に報告する段階で行長は、書を読み上げる西笑承兌に内容をごまかすよう依頼したが、承兌は書の内容を正しく秀吉に伝えた。このため講和は破綻、この講和交渉の主導者だった行長は秀吉の強い怒りを買い死を命じられるが、承兌や前田利家、淀殿らのとりなしにより一命を救われる。
文禄・慶長の役の際、加藤清正と先陣を争った。関ヶ原の戦いにおいては西軍の将として奮戦したが敗北し、切腹を拒否して斬首された。
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◆家庭内における戦前の教育再現 〜 わが家で使ってる子供用教本

◆古代日本史における朝鮮半島の倭国領を歴史から取り返さなければならない! 〜 朝鮮に文化をもたらし、古代朝鮮半島南部を支配した倭人

◆『昔の日本はアメリカと同じくらい広かった!』〜 日本人としての自信を持たせた祖母の言葉

◆親次第で自虐史観なんてどうにでもなる 〜 日本のおかげでアジア諸国の独立が早まった・・・そんなことで喜んでるのも自虐史観の亜種にすぎない

◆保守は教育勅語の復権で一致団結を!〜左翼価値観に風穴を開けるべし

◆失われた日本人の精神性と天皇の祈り 〜 信仰とは信条を持つこと。神を信じる否かは関係ない 〜 母と子が父の無事を祈る『里の秋』

◆日本人の美意識が結集!溝口健二『雨月物語』〜 品が悪くなった日本女性

◆日本神話の絵本について 〜 子供たちに日本と天皇へ愛着を持たせましょう

◆自虐史観は日本人共通の唯一の宗教だった 〜 自虐史観からの脱却は日本における宗教革命

◆東京都の尖閣諸島買い取りがヌカ喜びにならないように 〜 目立つ情報に踊らされず、左翼の次なる手を常に警戒しよう

◆性善説的な視点に立った教育勅語、「修身」道徳教育の補完としては、「毒をもって毒を制す」のマキアベリズムこそ最適
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ヒトラーが画家を目指していた頃、ナチス台頭期のドイツに行ってみよう
〜 帝政崩壊とルール占領、ハイパーインフレ

(2015.02.10)
第一次世界大戦敗戦後の、今の世界の通説では極悪国家だったとされているナチス ドイツですが、実際のところ、ナチスが台頭する前のドイツとはどんな風だったのでしょう。

強国だったドイツ帝国もオーストリア帝国もオスマン=トルコ帝国も、敗戦国はすべて第一次世界大戦で滅び、領土の多くを失い、皇位も廃絶、共和国としてスタートすることになりました。加えて有名なロシア革命も起きます。
ドイツは払えるはずもない巨額の賠償金をフランス等宛に支払うようヴェルサイユ条約で命じられましたが、支払いが滞り、フランスは「賠償金を支払わないならルール地域をよこせ!」と、ドイツの工業生産の中心たるルール地方へベルギーと共に侵攻、占領するという暴挙に出ます。あのフランスがですよ。こんなこと学校の世界史では習っていませんよね? そしてそのフランスには、莫大な戦費を英米から借りていたため、ドイツに返してもらったカネを英米に返さなければならない事情もありました。要するに、とどのつまりの債権者は英米だったのです。
フランスがルール工業地帯を占領すると、ストライキの多発などで状況はいっそう悪化、ドイツは賠償金を支払どころではなくなり、ドイツ経済は大混乱、通貨増刷でハイパーインフレに陥ってしまいました。

これから日本はインフレ目指していくということで、公務員を除く庶民にはツライ未来になりそうな感じもありますが……
ちなみに当時この頃のドイツの激しいインフレの状況が、前にコチラでも紹介した、ドイツ留学中だった鈴木鎮一氏の著作に克明に記されています。

『愛に生きる〜才能は生まれつきではない』(1966)より
(詳しくは右画像クリック)
『わたしが留学していた第一次世界大戦後のドイツは、やがてヒトラーが出なければならないような、あの大戦争が起こらなければどうしようもないような、恐ろしいインフレと、それに伴う悪質な内外人の跳梁がありました。たとえば、わたしのような一学生をつかまえてさえ、
「五階建ての大きなビルが売りに出ている。一万円も出せば手にはいりますがどうです」
という話を持ちこむ者もいたほどです。わたしは、金儲けに来ているのではない、といってそれを拒否しましたが、それでも、ドイツの老婦人から頼まれて、名器グァルネリウスを、わずか二千円で手に入れるということが起こりました。
ひとは運がよかったとうらやむでしょう。しかし、それは決していいことではなかった。思うに、いつの時代においても、不当の利のあるところには、ひとは知らずして何らかの禍根をつくるのです。

・・・1920年(大正9年)の10月27日です。わたしは23歳になっていました。
すでに書いたように、ときのドイツは恐ろしいインフレで、ほとんどお金を使わないですむありさまでした。日本の十円が六百マルクから始まり、やがて百億、千億マルクに変化していったのです。わたしは予定の一年間をいつか忘れてしまい、むろん一万五千円でやれたわけではありませんが、とうとう八年間ドイツで勉強することになりました。』


こんな中で、ヒトラー率いるナチスが政権を取っていきました。
そして第二次世界大戦が始まり、初期のドイツはまさに電光石火のごとく快進撃、フランスをはじめ欧州をほぼ制圧します。
第一次世界大戦で失位した最後のドイツ皇帝 ヴィルヘルム2世(1851-1941)はドイツ軍がパリを陥落したのを見て、ヒトラーに祝電を打ち、手紙で「今活躍しているドイツ軍の将軍たちはかつて私の教え子だった者たちである。ある者は少尉として、ある者は大尉として、ある者は少佐として私のもとで世界大戦を戦ったのだ」と誇らしげに語っています。ヴィルヘルム2世は独ソ戦が始まる直前に死去。ナチスによるユダヤ人迫害については、それを憂慮した手紙(娘宛)が残っています。

映画『アドルフの画集』は、前にも何度か触れてますが(コチラコチラ参照)、ヴェルサイユ条約の頃(1918)を舞台とした、画家を目指していたアドルフ・ヒトラーを描いた作品です。巷ではヒトラーをキチガイのように描いたプロパガンダ映像ばかり溢れてますが、ヒトラーがとっても人間ぽく描かれている私の大好きな映画。もちろんヒトラーを人間的に描いてるということで、一部から激しい批判の声も挙がったそう。
下は実際にヒトラーの描いた絵です。 (コチラ参照

私はドイツ人ではないのに、なぜかこの映画中のヒトラーの演説が模された場面、何度見ても、いつもホロリとしてしまいます。下記はその演説シーンより。

『以前、散歩をしていた時、ある人物に出くわしたのだ
黒い長衣を着て 黒髪を垂らしてた
最初の疑問はこうだ 「これがユダヤ人?」
その人物を見てるうちに 私の疑問は変わっていった
「こいつがドイツ人か?」と
ユダヤ人どもがいるだけで 文化はすべて汚染されてしまう
腐った肉を切ると そこには何が?
ウジ虫がいるはずだ それがユダヤ人
人が町を造るようになり ユダヤ人が現れた
ユダヤ人は迎え入れられ そしてすぐに経済活動を始めたのだ
つまり金貸し業
ユダヤ人は今 大勢いる
商業も金融も独占しているのだ!
そして第2段階へ
ユダヤの特色を薄め ドイツ的な特色を前面に
何と我々ドイツ人に 成りすましているのだ!
文化が汚染された
美術も文学も演劇もだ
宗教もあざけりの的
倫理観も道徳も否定され
ドイツ娘は 娼婦にされたのだ 娼婦だ!
ユダヤ人は本来の姿を現し 吸血鬼と同じ存在になっている
奴らは血をすする吸血鬼なのだ
ドイツ人の血を吸う 吸血鬼だぞ
吸血鬼のユダヤ人ども!』


ここにある「ユダヤ人」という言葉を「朝鮮人」に置き換えると、今の日本の状況に何とピッタリ当てはまってしまうことでしょう! 特に「ドイツ娘が娼婦にされてしまった」という言葉、意味がわからない人も多いかもしれないけど、これこそ今の日本娘にピッタリ当てはまってしまうことも見過ごしてはいけません。フェミニズム、拝金主義に洗脳されてる人ではすぐにはピンとこない。
そう。「結婚相手の男の年収は○百万円以上じゃないと。」「仕事はやればお金もらえるけど、お金ももらえない家事や子育てなんて評価されるわけでもなく、やってもしょうがないし」なんて恥ずかしげもなく言ってる人たちのことですよ!

けれどユダヤ人は本当に頭がいいのかもしれないけど、朝鮮人にそれほどの頭脳はないはずで、朝鮮人、奴らを操ってる勢力がいること、決して看過してはいけない。朝鮮人にしか目が向かなくなるようだと、ナチス ドイツの二の舞になってしまうのでしょう。
ナチス ドイツのユダヤ迫害、これはヒトラー=ナチスを徹底的にコケにしたチャップリン映画とかで逆上し、ユダヤ人排除がますますエスカレートしていったのが真実ではないでしょうか。その辺の陰謀論でよくある、ヒトラーがユダヤ自演の工作員だったとかいうのはデタラメで、ナチスドイツを挑発してますます反ユダヤ感情を焚き付け、当時は欧州事情に関心のなかったアメリカ人の反ナチスドイツ感情まで呼び起こして対立を激化させたユダヤ人、その張本人こそチャップリンらであって、チャップリンは第一級の工作員として多大な働きをしたのです。
ナチスは、当初は捕らえたユダヤ人を穏便にどっかに追い出そうとしてたけど、チャップリン映画『独裁者』をはじめとする英米の反ナチスプロパガンダで、他国による受け入れがままならなくなったため、それにブチ切れたヒトラー、ナチスドイツではユダヤ人への扱いがかえって乱暴になり、収容所で死ぬ人も増えた。それでもあっち側の映画とかにあるようなガス室だの大虐殺というのはウソっぱち。
ナチス ドイツはあれだけのユダヤ人を捕まえたけど、何も変わらず、結局負けた。雑魚のユダヤ人をいくら何十万人捕まえてもどうにもならないし、そもそもユダヤ人という括りで見てはいけない。ドイツや世界を動かすほどの金融勢力を牛耳るユダヤ人を含むグループなんて、他のところでピンピン元気にしてたってこと。

映画『アドルフの画集』(2002)より  詳しくは右画像クリック
監督: メノ・メイエス 出演: ジョン・キューザック 他
2002年のハンガリー、カナダ、イギリス合作映画。日本では2004年2月7日に公開。この映画はフィクションだと思ってましたが、どんな文献が参考にされたのかは知りませんが、かなり事実を元に作られてるようで、全くのフィクションというわけではないようです。これに出てくるユダヤ人画商のモデルというのも、映画とは異なりながらも、ヒトラーの周りにきっといたんだと思います。
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(2016.11.22)
第一次世界大戦後のドイツ経済の凄まじさ、ドイツでは1914年から1923年までの10年間で、何と一兆倍の大インフレとなりました(対ドル換算。右写真は給料として支給された札束)。なぜこのようなことが起こったかというと、最大の原因は、ドイツが戦勝国への巨額の賠償金を負わされ、その支払いのため、とにかく紙幣を刷りまくったからです。

では、今の日本でも、日本の借金は千兆円を超えたけど気にする必要はないなんて言う人もいるわけですが、その種の人がそう言う理由に「国にとって、紙幣(お金)なんて刷ればいくらでも出来るから」というのがあります。そんなこと平然と言ってる奴ら、当時のドイツ経済を知っていれば、その正体、その目的、ピンとくるのではないでしょうか。-----------------------------------------------------------------------------
◆マイケル・ジャクソンやデヴィッド・ボウイのような天才たちと共に、ヒトラーと対話してみませんか?

◆日本破壊・売国バラ撒き“クールジャパン”国策で支援されるキチガイ劣悪音楽・アニメ・デタラメ日本文化(=暗黒勢力・朝鮮文化)

◆朝鮮ピンクに注意! 〜 もはや極刑に処すべきひどさの朝鮮系色使い

◆亡国のシナリオ 〜 GDPの倍、国家税収の20倍以上の借金でさらに借金を増やせと叫ぶ売国奴

◆亡国のシナリオ 〜 日本を、過去に滅んだロマノフ朝やハプスブルク帝国になぞらえたパターン

◆左翼メディアの日本人白痴化洗脳工作について 〜 『 人間獣化計画 』 と 『 中共対日工作要綱 』

◆『シオン議定書』 - 第二次世界大戦を勃発させた人間獣化計画の基本文書

◆戦前の道徳教科書『修身』に見る加藤清正の武勇伝 〜 自虐史観の正反対から見る豊臣秀吉の朝鮮侵攻

◆古代日本史における朝鮮半島の倭国領を歴史から取り返さなければならない! 〜 朝鮮に文化をもたらし、古代朝鮮半島南部を支配した倭人

◆朝鮮人による朝鮮人叩き。いわゆる“在日認定”のカラクリ 〜 左翼による左翼叩きの目論見まで  ≪工作員入門≫

◆朝鮮人というより問題はパチンコ。国連も左翼も朝鮮パチンコが支配

◆うるさい街宣右翼 実は反日朝鮮人 〜 愛国心を貶める反日分子たち
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消し去られる朝鮮半島の日本府 任那
〜 子供を日本人でなく地球人に育てる驚愕の社会科教科書

(2011.6.6)
ちなみにNTTドコモがイメキャラ使用する韓国アイドル KARA(から)の名前の由来ですが、これは加羅(から)から来ています。

かつて古代日本は朝鮮半島を領有し、その地域は任那(みまな)と呼ばれていました。日本が朝鮮半島を領有していた事実は、日本書紀はもちろん三国志などにも記録されています。
このことは1980年代まで日本の学校でも定説として教えられていたのですが、古代 朝鮮半島に日本領などなかったとする朝鮮捏造史観の押し付け教育が始まって以後、教えられなくなってしまってます。なので今の30代以下の殆どの方が、この歴史的事実を知りません。

古代の朝鮮半島に日本領なんてなく、まとまってない地域があっただけというのが朝鮮側の歴史観であり、その地域のことを捏造 朝鮮史観では加羅(から)や伽耶(かや)と呼んでいます。
つまり、KARA=加羅とは、かつての日本領 任那と呼ばれる地域の、朝鮮半島に日本領なんてなかったとする韓国側の呼称
奴らが日本へ強力にプッシュする、朝鮮アイドル KARAのネーミングには、このように極めて政治的、朝鮮捏造史観を日本に定着させる教育上の狙いなど、深い意味があります。

日本では今後、朝鮮半島を任那半島とでも呼んでいったほうがいいですね。
加えてオホーツク海は北日本海、東シナ海は南日本海、いっそのこと太平洋も東日本海とでも呼んでいいくらいでしょう ^^)
次はこちらから、MIMANA=みまな(任那)というアイドルでも送り込みましょっか。
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(戻る)  (2011.5.16)
このところ古代日本が朝鮮半島を領有していた事実を強くPRしてますが、そんな昔のことなんて、どうだってよさそうに言ってくる人が多いのに、案の定という感を覚えます。
恐らく、古代日本が朝鮮半島に領有していた任那にこれほど触れたサイトは他の保守系サイトにはなかったよう思うし、偽装右翼にとって、この話はとっても痛いはずだからです。もちろん朝鮮系エセ右翼のみならず、今では正確な古代日本史が教えられていない日本人も非常に増え、ことの重要性もわからない多くの天然工作員が生まれてしまっている模様。

そもそも古代日本のルーツを侵されることは、日本民族の存立に関わってきます。わかる人にはわかるでしょうが、このことは枝葉末節的な南京大虐殺や従軍慰安婦等の戦争責任問題等より遥かに重要であり、奴らは古代日本と朝鮮半島の歴史、つまり日本のルーツを壊すことに最大限、力を注いでいます。
そして日本のルーツを奪われるということは、ズバリ、天皇を奪われることにも直結します。奴らは天皇まで狙っているんです。

いくら日本国内で「朝鮮人は最低だ!」とか騒いでも、それだけでは国際的に見ても何の効力もありません。
しかし、古代日本が朝鮮半島を領有していた事実を強くアピールし、このことが日本及び世界に向けて再度広まることは、現代日本における歴史教育はもちろん、国際的に見ても、いろんな意味で日本の正当性を主張することにつながり、奴ら朝鮮人の捏造史観も完全に論破できるようなります。

このところ任那に関する記事を書き続けて、古代日本が朝鮮半島を領有していた事実を教えられていない、知らない方が如何に多いか、あらためてよくわかりました。しかし20数年前まで、このことは定説として教えられていたんです。ここに無関心でいることは、完全に奴らへの敗北につながります。

これらのことから、奴らが歴史教育で本当に目をつけられたくないところ、古代日本史の重要性が見えてきました。
変な風にやたら日本はスゴイとか騒いでる偽装右翼の目的が、何となくわかってきたのです。それだけでは日本人がマスターベーション的にやってるだけで、奴らにとっては痛くも痒くもありません。子供たちへの教育にも関係なく、これでは今の子供たちに対して何もやってないに等しいです。
しかし、朝鮮半島に日本府 任那があった歴史に触れられると、奴らにとっても対岸の火事では済みません。子供たちの教科書にだって大きく関わってきます。
このことに気づいたのは、実は私もつい最近です。

日本府 任那を日本史に取り返さないとマジやばいよ!
すべては朝鮮由来!? 教科書での“渡来人=朝鮮人”マンセーも深刻!


韓国で初めて万博が開催された時(大田EXPO1993)、私は初めて韓国へ取材で行きました。その時は、あるイベントで知り合った韓国人の紹介で、梨花女子大という日本のお茶の水女子大のような韓国の名門大学の日本語を専攻していた学生を、経費も安くなりそうに思って通訳スタッフとして採用しました。もちろん当時の私は今のような嫌韓的感情は持ってなかったし、日本人を嫌ってる韓国人がこれほど多いことなんて知りませんでした。ソウルのカラオケパブで私は日本語の歌を堂々と歌ってきましたが、普通の韓国人が日本人に持つ感情を知っていたなら、そんなこと恐らくしなかったでしょう。

通訳の卵だった学生の彼女に、私が朝鮮半島で古代日本が領有していた任那の話に触れた時、彼女が言うには韓国ではそういう風に教えられておらず、伽耶(かや)と呼ばれる当時はまだまとまっていない地域があっただけと教えられてると言われました。
私が“伽耶(かや)”という名称を初めて聞いたのはその時です。“伽耶(かや)”は今の日本では加羅として教えられ、韓国どころか今や日本の学校教育でも日本府 任那とは教えられていません。
しかし伽耶とは、あくまで現代の韓国人が名づけた名称であり、考古学上の文献に“加耶”という文字は一切出てきません。
朝鮮半島内の一部地域が当時の日本 倭国の一部(任那)であったことは、日本書紀はもちろん、中国の三国志にも記載されてます。

Tatsuyaさんが、中学生のお子さんの社会の教科書を調べてくださいました。
以下は現代日本の教科書からの引用。

新編 新しい社会 歴史 (東京書籍) より
(日本の中学校の半分は、東京書籍の歴史教科書を採用しています)


【古代までの日本】
1 文明のおこりと日本の成り立ち
大王の時代  中国・朝鮮との交流
大和政権は、百済や、小国が分立していた加羅(任那)地方の国々と結んで、高句麗や新羅と戦いました。


この通り、日本が領有していた日本府 任那を教えないどころか、さらに史実と逆に、日本が新羅らを攻撃して脅かしたような記述になってます。実際は古代日本人が住んでいた地域を唐・新羅連合軍に滅ぼされてます

次に渡来人についての記述。

【大陸文化を伝えた渡来人】
朝鮮の諸国との交流がさかんになると、朝鮮半島から日本列島に、一族でまとまって移り住む人々が増えました。
こうした渡来人は、鉄製の農具を広め、かんがい用の大きなため池をつくる技術のほか、かたい質の土器(須恵器)や高級な絹織物をつくる技術を伝えました。
渡来人はまた、漢字を伝えて、朝廷の記録や外国への手紙の作成にあたるなど、財政や
政治でも活躍しました。
漢字とともに、儒教の書物も伝えられました。
6世紀半ばに仏教を日本に伝えたのも渡来人でした。


この通り「渡来人マンセー!」、まるですべてが朝鮮人から伝わったように、完全に朝鮮人を褒め称えてます。
既に韓国では、古代において韓国人が日本本土に渡っていくつかの地域を支配したとまで教えられてます。いずれ日本でも、朝鮮人が海を渡って天皇となり、日本を支配したと表立って言われだすでしょう。日本の朝鮮系右翼は今でもそう信じてますし。

そして、最後に「現代の日本と世界」についての記述。

第7章 現代の日本と世界  2 国際社会と日本  これからの日本と世界
【世界の一体化と日本の役割】
世界の一体化が進むなかで、日本がどのように生きていくのか、これが21世紀の大きな課題となっています。
日本国民として、同時に国際社会に生きる人間(地球市民)として、よりよい社会づくりを考えていきましょう。


この通り、今の教科書は完全に、子供たちを日本人でなく “地球市民 = 地球人” に洗脳するためのツールと化してます。

今の日本の歴史教育が如何にひどいものであるか、よくおわかりでしょう。小さな頃からこんな風に教わってきた私より下の世代では何の違和感も持たないでしょうが、私から上の方々だと、違和感どころか大変驚かれるはずです。
近代の自虐史観からの脱却も大切ではありますが、それより最重視すべきはルーツとなる古代日本史です。正しい日本人の歴史を取り返さなければなりません。それと、“子供の地球人化”を防がなければなりません。
お子さんお孫さんをお持ちの方は、至急、子供の教科書をチェックして、歴史観を修正させましょう。子供の教育は親がするしかないんです。   (続く)

これら歪んだ朝鮮史観のプロパガンダを図っていたのが朝日新聞であったこと、さらには古代の朝鮮半島内に倭国(日本)が支配していた地域があったことを示す、日本にしかない前方後円墳や日本原産でしかないヒスイが半島内の遺跡から出土していることも、ここに詳しく書いてます。
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(続き)◆未来の歴史教科書より 〜 ルーツを守らない日本人の未来

(戻る)◆朝鮮人は、朝鮮半島に住んでいた古代日本人を蹂躙した侵略者!

(始めから)◆竹島を武力行使で即奪回せよ! そして、まずは容易に取り返せる古代における朝鮮半島の日本府“任那”を日本史上に奪還し、日本人に再教育せよ! 〜 韓土の日本領も奪回! 朝鮮半島にある前方後円墳

◆韓国アイドル KARA のギュリが、「福山雅治に惚れさせたい!」とラブ・コール

◆『昔の日本はアメリカと同じくらい広かった!』〜 日本人としての自信を持たせた祖母の言葉

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より ァ…鮮半島の内附 神功皇后の征伐 文物の伝来

◆排外デモで逮捕者が出たっていうけど 〜 日本が韓国へ謝罪、日韓慰安婦合意・安倍政権糾弾デモに行ってきました!

◆“地球” “平和” “命” に注意! 〜 左翼に乗っ取られる保守系団体の典型例

◆『ぐりとぐら』 『こどものとも』の児童書 福音館は反日出版社 〜 天皇を貶め、自虐史観に満ちた子供向け絵本

◆今の宮崎駿/ジブリ作品は本当に日本のアニメなのか!?〜 ディズニーだって、創価の配下?

◆日本人で韓国好きが62%!・・・って 〜 NHKの偏向報道どうすればいい?

◆反日マスコミの本丸は電通!〜メディアをウラで操る電通を攻撃すべし

◆反日企業の雄 ヤフー、ソフトバンクの正体 〜 男をイヌに仕立て貶める!
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こないだまで、古代日本は朝鮮半島南部を支配していたと教えられていたのに
〜 日本府 任那を消し去った売国奴学者列伝 実は朝鮮人か!?

(2011.7.15)  (始めから)
今のように何でもかんでも朝鮮由来みたいな歴史観が日本で教育されるようなったのは、1980年代に始まり、90年代に入れば、気づかぬうち、その捏造史観教育工作がほぼ完了されてたように思います。
そして、その発端となったのが、北朝鮮の歴史学者 金錫亭(キムソクヒョン)がこれまでの日本における歴史観と真逆の歴史観を主張したことに始まり、それを大々的に日本へ広めたのが朝日新聞であったこと、私は書いてます。

もともと私の世代まで、古代朝鮮半島において、日本は任那(みまな)をはじめとする支配地域を持っていたと教えられていたし、すべての文化が朝鮮半島から渡ってきたといった今のような教え方はされていませんでした。古代日本が朝鮮半島南部を支配していたというのは常識だったんです。
南京大虐殺や従軍慰安婦なんて話もありませんでした。

当時の日本における教科書の記述は以下の通り。

写真は当時の日本の中学校の教科書 (画像クリックで拡大)
1972年版 中経出版『日本の歩みと世界』(監修:豊田武)より

(以下、この教科書の記述より)
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4世紀の後半になると、大和朝廷は、朝鮮半島に勢力を広げた。そのころの朝鮮半島には、北に高句麗、その南に新羅と百済が国を建てていた。大和朝廷は、まとまりの遅れていた南の任那をおさえ、そこを足場に、一時、百済・新羅を従えて高句麗と戦った。
いっぽう、5世紀には、中国が南と北とに分かれた(南北朝時代)。大和朝廷は、朝鮮半島南部における日本の立場を認めてもらおうとして、南の王朝にたびたび使いを送った。

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1990年代以降の歴史教育を受けて育った世代からすれば、きっと目から鱗の内容でしょう。その後の白村江の戦い(663年)で唐・新羅連合軍に、倭・百済連合軍が敗れるまで、日本は朝鮮半島内に多大な勢力圏を持っていたのです。
つまり当時の朝鮮半島南部の多くの地域は、日本の支配下にあったということ。。
当時、任那はもちろん百済の王や官僚だって、日本人(倭人)が多数を占めていたわけ

しかし、その後はどんな風に教えられるようなったか。
以下は小学館の『日本歴史館』(1993年発行)という分厚いカラー図鑑の記述から。手元に今の歴史教科書がありませんので、うちにある歴史書からの引用です。
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倭は朝鮮半島内での対立構造によって、その援助が強く期待されることが多く、積極的にその対立に関わった。およそ6世紀の初めまで、そうした構造は維持される。
倭国はそのような関係のもとで、伽耶の南部諸国および百済から先進の文化・技術を入手し、その見返りとして兵力を提供した。そうした出兵で、朝鮮半島内の抗争に巻き込まれることになるが、およそ支配を及ぼすような関係ではなかった。



・・・日本では『日本書紀』の記事のままに伽耶諸国を“任那”ということもあるが、それは本来の正しい用法ではなく、伽耶の一国(金官国)の別の呼び方にすぎない。
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この通り、倭国が朝鮮半島に支配を及ぼしていたどころか、進んでいた半島の技術を入手するため倭国が兵力を提供したとか、それまでの日本における歴史観から180度転換のムチャクチャな論説がなされています。
正に朝鮮学者 金錫亭(キムソクヒョン)の主張そのままなわけで、今の教科書はどこもこれに倣っています。こんな内容で今の日本の歴史教育では子供たちに教えられているわけです。

そもそも、“朝鮮半島から先進の文化・技術を入手するため”なんてことのために、その見返りとして国民の命を献上してまで海を隔てた半島にまで膨大な兵力を提供する・・・そんな非現実的、バカなこと、絶対にありえません!

ちなみにこの本の古代史の執筆者  現:京都教育大学名誉教授 和田 萃(あつむ)
1944年、満州国遼陽市生まれ。生後間もなく日本に移り、奈良県磯城郡田原本町で育つ。京都大学文学部卒業、日本古代史の専門家とされてるらしい。その筋では権威があるのでしょう。

きっと今では、この種の反日自虐 左翼 売国奴 歴史学者というのがゴロゴロいるんでしょうね。
この種の売国歴史学者の名前、情報ご提供いただければ、売国奴 歴史学者列伝として、どんどん追記していきたいと思います。

南京大虐殺や従軍慰安婦問題より前に、すべてが朝鮮由来とされる朝鮮従属の現代日本の歴史観、こっちの方が何百倍も重大です。
カギは近代史より、古代史にあります。
何より守るべきは、古代日本、古代朝鮮半島における倭国の先人たちが支配した地域。
日本人のルーツ、ここを守らないと、日本人は奴らにそれこそ根こそぎ奪われます


このこと、ぜひ政治家や関係機関など、みなさまからも各所へご進言いただければと思います。
ここのURL https://nihon-omokage.com/?p=832 を貼り付けてのメール攻勢も非常に有効です。
尚、和田萃は、上田正昭という歴史学者の門下だそう。上田は韓国から勲章までもらってるね。

【以下、Wikiより 2011.7.16現在】
上田 正昭(うえだ まさあき、1927年4月29日 - )は兵庫県出身の日本の歴史学者。
京都大学名誉教授、大阪女子大学名誉教授、西北大学名誉教授。勲二等瑞宝章。修交勲章崇禮章(韓国から)。
門下生に千田稔(国際日本文化研究センター名誉教授)、和田萃(京都教育大学名誉教授)、井上満郎(京都産業大学教授)、灘本昌久(京都産業大学教授)、田中俊明(滋賀県立大学教授)などがいる。
教科書に竹島を記述することについては「するべきでない」と発言。
八木晃介、水野直樹らと一緒に「朝鮮学校を支える会」の呼びかけ人となっている。

(続く)
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(続き)◆古代日本史における朝鮮半島の倭国領を歴史から取り返さなければならない! 〜 朝鮮に文化をもたらし、古代朝鮮半島南部を支配した倭人

(戻る)◆未来の歴史教科書より 〜 ルーツを守らない日本人の未来

(始めから)◆竹島を武力行使で即奪回せよ! そして、まずは容易に取り返せる古代における朝鮮半島の日本府“任那”を日本史上に奪還し、日本人に再教育せよ! 〜 韓土の日本領も奪回! 朝鮮半島にある前方後円墳

◆『日本書紀』より、「(古代朝鮮半島の日本府)任那滅亡」

◆消し去られる朝鮮半島の日本府 任那 〜 子供を日本人でなく地球人に育てる驚愕の社会科教科書

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より А…鮮半島の変遷。韓土の形勢 任那 日本府の滅亡

◆子供には生の声、楽器音を聴かせましょう 〜 ボーカロイドなんかダメ

◆個性の追求、結婚できない無縁社会の到来 〜 漱石に見るネコの意味するもの

◆売国企業はユニクロだけじゃない。言い始めればキリがないし、もっと現実を見なければなりません

◆朝鮮人は、朝鮮半島に住んでいた古代日本人を蹂躙した侵略者!

◆古代日本が朝鮮半島を領有していた事実をもっと広めなければなりません

◆日本が朝鮮人の植民地に!売国 民主党政権 〜 犯罪率4倍!朝鮮人の実態

◆排外デモで逮捕者が出たっていうけど 〜 日本が韓国へ謝罪、日韓慰安婦合意・安倍政権糾弾デモに行ってきました!
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朝鮮人は、朝鮮半島に住んでいた古代日本人を蹂躙した侵略者!

(2018.9.30)
言論弾圧のtwitter、アカウント停止で見れなくなっててtwitter貼ってるとこ全部なおさんといかんね。めんどくさ。あんなクズシステム使わんどきゃよかったわ。朝鮮人はやることが汚い。
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(2016.1.23)
昨日、で紹介しましたが(詳しくは右画像クリック)、明治天皇の信頼が厚く、教育勅語に大きな影響を与えた儒学者 元田永孚(もとだながさね)が明治天皇の勅命を受けて作成した勅撰修身書『幼学綱要』にある、伊企難のエピソード挿絵です。『幼学綱要』については、またいつか詳しく取り上げたいと思ってます。
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(2012.10.23)
ここで紹介の『国語副読本』や戦前の道徳教育『尋常 小学修身書』をずっと子供に読ませてましたが、小学校高学年向けにまで進んでくると、ちょっと一年生には厳しくなってきたので、もっぱら今は『日本人を育む 小学国語読本 低学年用』(詳しくは右写真クリック。高学年用もあります)という本を子供に毎朝、読ませてます。これには日本の昔話から日本神話、平家物語のような古典、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のような近代文学までいろんなお話が収録されていて、しかも全文フリガナ付きなので子供だけで声を出して読み進めることだって出来るし、親にとっても非常にありがたいです。国生みの部分は話がハシ折られて物足りないところもあるのですが、日本神話は他の絵本や本で補足すればよいでしょう。
この本は日本人的な感性を育めそうな材料がいろいろちりばめられていて、平易で短い文章だし、別に小学生に限らず、中高生とかに入門用で読ませるにもなかなかよさそうです。

今日はこの本にある、古代当時の日本と新羅の生々しい関係が伺えるエピソードをご紹介します。
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新羅と戦った古代日本軍の将 【伊企難(いきな)】  (『日本書紀』より)


欽明天皇の二十三年、日本が新羅を攻めた時のことです。
伊企難は大へん勇敢な武士でしたが、不幸にも捕虜となり、新羅の大将の面前に引き立てられました。
「その方、もし褌(ふんどし)をはずし、尻を日本に向けて、日本の大将! わが尻を食らえ! と叫んだら許してつかわそう」
と言われました。伊企難は、
「よろしい! 申しましょう!」
と、早速尻をまくって、新羅の大将の方に尻を向けて、
「新羅の大将! わが尻を食らえ!」
と二度も三度も大声で叫びましたから、伊企難はとうとう殺されてしまいました。

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私は最初、内容も知らず何気なしに子供に読んでもらっていたのですが、話の重さを知って感動のあまり涙がこぼれそうになりました・・・
「いいぞ、いいぞ、偉いぞ、イキナ。これが本物の日本人、日本男児だー! おのれ、憎っくき新羅、朝鮮めー!」って思いでいっぱいに・・・

これこそ本物の歴史、忘れてならない、古代日本人の新羅(今の朝鮮系)への思ひなんですよ!
正史とされる『日本書紀』に記載、こういう凄く大事なことを教えない現代日本の学校教育というのは犯罪的なんですよ。
私も含めてですが、日本人が自国の歴史を知らなさすぎるってこと、思い知りました?
偉大な先人の思ひにつながることが出来ましたか? 日本人は古代史、日本のルーツをシッカリ守りましょう!
(尚、欽明23年は西暦562年、任那(みまな)が新羅に滅された年であり、欽明天皇は最後まで任那復興を夢見ながら亡くなりました。)
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(戻る)   (2011.5.14)
古代において、日本は朝鮮半島の一部を領有し、当時の半島にはたくさんの日本人が住んでいました。
古代 日本人が住んでいた日本文化圏といえた地域は日本本土のみならず、朝鮮半島でも日本府 任那(みまな)を中心に、当時の親日国 倭人の支配していた百済にまで及びます。

そして、任那と百済は、当時の大国 唐と朝鮮人の国 新羅の連合軍によって滅ばされ、その後、朝鮮半島は新羅に占領されることとなります。

そして更には、唐・新羅の連合軍が日本本土にまで侵攻してくる恐れがあったため、日本(倭国)を守ろうとした当時の古代日本人の遺跡が九州にはたくさん残っています。

私は九州生まれで、実家の近くには古代日本の外交舞台となっていた広大な大宰府政庁跡はじめ、当時の日本を取り巻く状況を生々しく語る史跡がたくさんあります。もっと古い吉野ヶ里遺跡など、数多くの遺跡も残されてます。

九州に大宰府政庁が置かれたのは7世紀初め(日本書紀)。当時、朝鮮半島内にいた日本人は、唐と手を結んだ新羅の侵略に追い詰められます。白村江の戦い(663年)において、百済・倭国連合軍と唐・新羅連合軍は陸・海に亘って激しい会戦を繰り広げますが、倭国(日本)は敗れ、百済も滅びます。日本は翌664年(天智4年)、筑紫・壱岐・対馬に防人を置き、大宰府から約1.5kmの場所に防衛戦としての土塁、長大な「水城(みずき)」も築きました。

朝鮮半島から命からがら日本本土に逃げ延びた古代日本人は、その後も残忍な唐・新羅連合軍の脅威に怯え、防波堤となる九州にたくさんの防衛線を張ったのです。
古代日本人がシナ・朝鮮人に抱いていた感情、日本人は決して忘れてはなりません。先人の築いた防衛拠点は、後の元寇ではもちろん、そのまま現代日本の国防にも通じているように思えます。

海を渡ってきた日本人を今では渡来人(帰化人)などと呼んで、奴らはすべての文化が朝鮮から渡ってきたような主張をしてますが、もともと渡って来た彼らは朝鮮半島に住んでいた当時の日本人。
奴らは日本のルーツを根こそぎ奪おうとしています。われわれ日本人はそれに対抗するため、日本本土のみならず朝鮮半島内にいた先人たちの残した日本のルーツを守らなければなりません。

朝鮮人を身近に感じる必要はないでしょうが、日本が領有し、多くの古代日本人が住んでいた朝鮮半島を、日本人はもっと身近に感じなければなりません。日本府 任那を歴史教育に復活させましょう。
日本が領有していた朝鮮半島を侵略し、歴史の歪曲・捏造まで図る奴らへ、徹底した対抗意識を持ってください。

やたら朝鮮半島への嫌悪感を持たせ、「朝鮮には手を出すな」と騒いで日本本土と半島の境界意識を煽ろうとするのは、古代日本が半島を領有していた事実から目を逸らさせるための、奴ら朝鮮系エセ右翼の攪乱戦略です。奴らが守ろうとしているのは、日本ではなく朝鮮半島、それにまんまと乗せられないでください。
(続く)

博多の方から太宰府市に入ってまもなく、道路や線路を横切って木立に覆われた丘が続きます。それが664年、唐・新羅の侵攻に備えて築かれた防衛施設 水城、いわば日本版 万里の長城。今も水城跡に咲いては散る“桜花” 、美しい。

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(続き)◆消し去られる朝鮮半島の日本府 任那 〜 子供を日本人でなく地球人に育てる驚愕の社会科教科書

(戻る)◆古代日本が朝鮮半島を領有していた事実をもっと広めなければなりません

◆『日本書紀』より、「(古代朝鮮半島の日本府)任那滅亡」

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より А…鮮半島の変遷。韓土の形勢 任那 日本府の滅亡

◆人権侵害救済法案 〜 どうしてこんな売国法案が日本政府から出されるのか

◆『昔の日本はアメリカと同じくらい広かった!』〜 日本人としての自信を持たせた祖母の言葉

◆日本の民謡ばとっても明るい気分にしてくれます 〜 東北への応援歌

◆イザナギとイザナミに見る、日本における男女のあり方 〜 日本神話を題材に

(始めから)◆竹島を武力行使で即奪回せよ! そして、まずは容易に取り返せる古代における朝鮮半島の日本府“任那”を日本史上に奪還し、日本人に再教育せよ! 〜 韓土の日本領も奪回! 朝鮮半島にある前方後円墳

◆自虐史観は日本人共通の唯一の宗教だった 〜 自虐史観からの脱却は日本における宗教革命

◆「 日本は朝鮮人のもの!」 朝鮮人が参政権獲得に決起 〜 亡国 民主党政権

◆少子化は自虐史観に関連性あり!? 〜 日独伊 敗戦三国のみが異常な少子化傾向

◆「国を守ろう!」、「一つになろう!」 ・・・これって左翼のスローガンにもなるってわかってます?
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戦後の歴史教育を捨てよう。
歴史教育 再興   ̄糞彿歛姑如\鐐阿旅饂法米本史)学習年表

(2016.6.19)
皆様、いつもありがとうございます、
実は戦前の国史(日本史)資料をいろいろ集めました。まずは今日は、その中から戦前の歴史学習で使用されていた年表とシンプルな概略文を一つ、公開します。
単に人名や年号、事件の名前等だけ、膨大な項目を覚えても、有機的につながった歴史を学べない今の学校における歴史教育というのは、いくら学んでも何も身につきません。あれではいくら勉強して憶えても何もやってないに等しいんです。戦前の歴史教育は、そのような細かな事項名だけをやたら覚えたりするのでなく、実在の事件や人物等、それがどういったプロセスを経ていったか、その判断の仕方などに重点が置かれてます。

まずは年表。(下画像クリックで拡大画像が出ます。窓が開いても字が小さい時はさらに画像をクリックすれば拡大されると思います。)
「高等小学国史 附図」年表(昭和十三年一月十五日発行:立川文明堂)より


そして下記は、昔の歴史年表にある国史概略文、そのままの内容です。
「小学 国史絵巻年表」より(監修:中村孝也 昭和十一年三月一日発行:学習社)
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時代の発展
この文を、繰り返し読んで、国史の各時代がどのように発展して来たかを考えてください

神代(かみよ・じんだい)
神代の昔、天照大神は、天孫ニニギノミコトに向かい、
「この国は、わが子孫の王(きみ)たるべき地なり、汝(なんじ)皇孫(こうそん)ゆきて治めよ。皇位の盛なること、天地と共にきはまりなかるべし。 」
と仰せられた。わが国の基(もとい)は、この時定まった。ニニギノミコトは、この神勅をいただき、三種の神器をささげて、日向にお下りになられた。それから三代の間、その地に居られた。これまでを神代と申し上げる。

大和時代
神武天皇は、日向から大和においでになり、樫原宮(かしわらのみや)で天皇の御位におつきになられた。この年がわが国の紀元元年である。その後、崇神天皇は四方に将軍を遣わされ、垂仁天皇は天照大神を伊勢にまつりたてまつり、日本武尊(やまとたけるのみこと)は熊襲(くまそ)や蝦夷(えぞ)を征伐せられ、神功皇后は朝鮮半島の諸国を従えたまい、應神天皇の御代には儒教が伝わり、欽明天皇の御代には仏教が伝わり、推古天皇の御代には聖徳太子が立派な政治をなされ、孝徳天皇の御代には大化の新政が行われ、天智天皇の御代には、都を近江にうつされたけれど、後、まもなくまた大和へ還られた。この長い間を大和時代といい、わが国は、外国の文化を取り入れて、健やかに成長してきた。

奈良時代
元明天皇が平城京(奈良の都)におうつりになってから、凡そ七代七十余年の間は、文化の華の美しく咲き匂うたときで、これを奈良時代という。聖武天皇・光明皇后は篤く仏教を信ぜられ、大きな寺々が沢山つくられた。

平安時代
桓武天皇に居たり、都を山城(やましろ)の平安京にうつされたが、それより凡そ四百年程の間を、平安時代という。その初めの間は、朝廷の御威徳が広く行きわたり、蝦夷も平定せられて皇化に浴したが、中頃から藤原氏の一族が摂政・関白となって政治を運用し、栄華に耽り、その末頃には、世の中が乱れて、保元の乱や平治の乱が起こり、平氏が一時権勢を振るったけれど永くは続かず、やがて源氏に滅ぼされてしまった。

鎌倉時代
源頼朝は平氏を滅ぼして後、征夷大将軍に任ぜられ、鎌倉に幕府を開いて、七百年にわたる武家政治を開いた。しかし、僅かに三代で亡び、北條氏が執権として勢力を振るった。北條氏には義時・高時のような逆臣もあったが、泰時・時頼のように民政に力を盡したものや、時宗のように元寇を撃破した英雄もあった。

建武中興 及び 吉野時代
武家政治は、わが国体の本義に悖っているから、後醍醐天皇は、天皇親政の正しき御代にひきかえそうと思召され、鎌倉幕府を倒して建武中興を成し遂げられた。しかし足利尊氏が叛いたので、中興の政治は永く続かず、天皇は吉野に幸(みゆき)せられた。それより五十七年の間を吉野時代といっている。楠木正成・同 正行・新田義貞・名和長年・北畠親房・菊池武光などは、この間に出た忠臣である。

室町時代
吉野時代の次に足利義満が京都の室町の幕府で政治を取ってから、凡そ百八十年間を室町時代という。この間は戦乱が多く、中にも應仁の乱後は、天下が麻のように乱れ、群雄が四方に割拠して争ったから、これを戦国時代という。武田信玄・上杉謙信・北條氏康・毛利元就などは、その中でも名高い英雄である。

安土桃山時代
戦国諸雄の中、織田信長は、まず京都に入り、皇室を尊びたてまつり、四方を平定したが、事業半ばにして斃れた。豊臣秀吉は、その後を受けついで全く国内を平定し、更に明国を征伐しようとして兵を朝鮮に出し、国威を海外に輝かした。信長は近江の安土に居り、秀吉は山城の伏見(後の桃山)に居たから、この間を安土桃山時代という。

江戸時代
徳川家康は秀吉の薨(こう)じた後、関原の役で石田三成を斃し、江戸に幕府を開いた。それより十五代二百六十五年の間を江戸時代といい、外国との交際を狭くし、国内は泰平を楽しみ、産業は発達し、学問・芸術は進歩し、国力が養われた。殊に国学や、国史や、儒教や、神道などが学ばれて、天皇を中心にいただくわが国体の本義が明らかになり、その上、諸外国から開国を促され、ついに江戸幕府は倒れ、武家政治が滅びて大政復古となった。

現代
明治維新は現代の黎明(よあけ)であった。それより六十余年の間、明治天皇・大正天皇・今上天皇陛下の御威徳の下にあって、わが国運は隆々として盛(さかん)になり、領土は広まり、富は増し、学問は進み、国威は全世界に発揚された。私共はこの立派な国史を顧みて、ますます忠君報国の心を堅くするのである。
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今の日本史で教えられてる内容との大きな違い、おわかりでしょうか。
ちなみにこの監修者の中村孝也氏は、これでもバリバリの皇国史観とは異なるタイプの歴史学者だったようですが、それでもGHQ占領による保守系教育者の総公職追放により、教壇を去られた一人です。

まずは日本の紀元にかかわる、古代における縄文時代・弥生時代というのはGHQ占領期に唯物的な左翼学者に創作されたデタラメの歴史。「ウソも百回言えば本当になる」を地でいって実現させたのが戦後の歴史教育であるわけで、縄文だの弥生だの、そんな時代は日本には元々存在しないし、縄文人だの弥生人だのは捏造された言葉です。天皇以前に邪馬台国が支配してたなんてのもとんでもない話神武帝による建国後を大和時代とし、それより前は正しくは“神代”(かみよ:じんだい)なのです。日本人のルーツ、天皇に関わるこの“神代”を歴史教育に復活させねばなりません。もちろんここの読者は、正しくは「神代なんだよ」って子供たちに教えてあげてくださいね。
また、上の年表には神代における日本武尊(やまとたける)の活躍や神功皇后の朝鮮征伐、朝鮮半島の日本府 任那の滅亡など、今の日本史では教えられなくなった日本書紀や古事記にある事柄についてもしっかり記載されてます。そしてもちろん、年表の通り当時の年号表記はすべて皇紀○○年なのです。これら日本の歴史の基本が、GHQ占領後にすべて書き換えられました。

そして建武中興以後の、今では南北朝時代なんてされてる頃も正しくは「吉野時代」。足利尊氏は後醍醐天皇に叛いた逆賊、足利氏の立てた北朝と呼ばれるところの正当性は存しません。楠木正成・正行の父子、そして新田義貞などの忠臣たちが、日本人の美徳の象徴として、戦前の教育ではとにかく大きく扱われています
また豊臣秀吉の朝鮮出兵についても、国威を輝かせたものとして触れられてます。

今日は、まずは年表と概略文でしたが、集めた戦前の教材等を引き続きいろいろ公開していくつもりですので、ぜひ保存、周りにも広めてくださいね。いずれも貴重な資料となりますので、その意義は大きいと思ってます。今の日本人がこれまで勉強してきた歴史を見直していく上で、グダグダと文章を並べるよりも具体的資料の提示で反論余地もありませんし、一目瞭然ですから。

今まで学んだものを捨て、真の歴史を勉強しなおしていきましょうね。学習中の方は教科書を捨てるわけにもいかないでしょう……けれどそれらは受験のため、と割り切ってそれらとは全く別の歴史を学んでいく必要があります。
前に比べて少なくなったとはいえ、それでもここにはかなりの方が今でも見に来られてるし、その中に、ある程度の方がおられれば大きな影響及んでいくこともあるかもしれない。命絶えても思いをつないできた日本人のこれまでの歴史、魂を信じて。
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◆古代日本史における朝鮮半島の倭国領を歴史から取り返さなければならない! 〜 朝鮮に文化をもたらし、古代朝鮮半島南部を支配した倭人

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より  /逝紂々調陲領鳳

◆仁・義・礼・智・忠・孝……五倫、四徳、五条、四端の心から道を修むる 〜 侍が学んだものを学び、偉大な先人たちと志を一にす

◆戦前は逆賊歴史学として処罰されてた、左翼学者による皇統否定の「縄文・弥生」時代の敗戦後の普及 〜 汚染される皇室。救う手だては皇室奪回

◆真実の日本の歴史 〜 戦前教科書 尋常小学 国史より Α‖萋鷭充掘‖利氏の僣上

◆武士の子女教育カリキュラム 〜 貝原益軒『和俗童子訓』より

◆忠臣の象徴 楠木正成公を称える唱歌『青葉茂れる桜井の』(櫻井の訣別)を10歳の子供にピアノ弾き語りで歌ってもらいました!

◆大日本帝国の唱歌を歌い継ごう! 〜 神武天皇が即位、日本建国の日とされる『紀元節』 9歳 ピアノ弾き語り

◆未来の歴史教科書より 〜 ルーツを守らない日本人の未来

◆“道徳教育”と称して進められる、これからの日本人家畜化教育について 〜 もはや大多数の家畜化は逃れらない

◆サルが人になったとする進化論と、日本人・陛下がサメの子孫とした日本神話、あなたはどっちを信じますか?

◆左翼教育者が持ち上げる、フランス革命を引き起こしたルソーの人間獣化思想 〜 ルソー生誕300年で、日教組やPTA左派が暗躍中

◆こないだまで、古代日本は朝鮮半島南部を支配していたと教えられていたのに 〜 日本府 任那を消し去った売国奴学者列伝 実は朝鮮人か!?
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マイケル・ジャクソンやデヴィッド・ボウイのような天才たちと共に、
ヒトラーと対話してみませんか?

(2017.9.17)
スリラーの前のマイケルの大ヒット曲。作詞作曲もマイケル自身、日本でもスズキのCMで大ブレイク!(詳しくは右画像クリック)

『今夜はドント・ストップ』 マイケル・ジャクソン (1979)
Michael Jackson - Don't Stop 'Til You Get Enough

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(2015.2.5)
ナチス映画『意志の勝利』と、マイケル・ジャクソン『ヒストリー』PVの比較映像
Triumph of the Will & History  Nazi films & Micheal Jackson


ヒトラーに共感を示したデヴィッド・ボウイがかつて冷遇されていたことにココで触れましたが、ボウイに限らず、マイケル・ジャクソンも、内心ではヒトラーへの大変な崇敬の思いを抱いていたのでしょう。
『意志の勝利』(1934・詳しくは右画像クリック)は、女優出身の女流監督 レニ・リーフェンシュタールが、彼女の映画に感銘を受けたヒトラーの依頼を受けて制作した、第6回ナチス党大会の記録映画。整然とした美しい行進、隊列の映像美は海外でも高く評価され、1935年のヴェネツィア・ビエンナーレでは金メダル、1937年のパリ万博でグランプリを獲得している(もちろんこの評価は戦後さんざんなものとされ、リーフェンシュタールも犯罪者同然の扱いを受ける)。
デヴィッド・ボウイやマイケル・ジャクソンに限らず、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーもこの映画を熱心に見ていたという。このビデオの最後に「ボクはユダヤの社会の中で生きている」と言うマイケル、その本心はどこにあるでしょうね。
リーフェンシュタールは、多くの日本人選手も登場するベルリン・オリンピックの記録映画『オリンピア(民族の祭典/美の祭典)』(1938)も監督し、これも後のドキュメンタリーに多大な影響を与えた傑作とされています(詳しくは右画像クリック)。

『意志の勝利』には、後に作られた冷酷で滑稽な独裁者のイメージのヒトラーではなく、とてもカッコいいヒトラーがいます。ヒトラーと言われただけで、独裁だの軍国だのファシズムだの、そんな発想しか思いつかなくさせられてることこそ洗脳の極み。
ヒトラーを持ち出しただけで、とたんにチョビ髭とチャップリンのようなコミカルな振舞を見せてヒトラーを貶めたり、ヒトラーの演説に熱狂する民衆が危険なもののように見せる、奴らのプロパガンダ手法の繰り返し。
欧米では日本でフェミ批判がタブー視されてるのと同じく、ヒトラーを擁護しただけで社会的に抹殺されます。なぜ奴らがこれほど必死になってマスコミらと全力を挙げて社会的、世界的な統制をかけているのか、よく考えてみましょう。
もちろん、ヒトラーのやったことはいいことばかりではないだろうけど、ヒトラーの真実に触れさせないため、世界的にいったいどれだけの圧力がかけられているとお思いですか?
デヴィッド・ボウイやマイケル・ジャクソンのような天才たちと同じように、一度でもいいからそこのところをよく考えていただきたいものです。
亡きマイケルと同じように、貴方も一度、ヒトラーと真剣に対話してみませんか!?

デヴィッド・ボウイ 『ブルー・ジーン』(1984)
Blue Jean - David Bowie 詳しくは右画像クリック
世界的に成功した『レッツ・ダンス』直後の大ヒット曲。グラム・ロックと呼ばれていた初期のボウイを彷彿させる派手なファッションと、ただのPVに収まらない二役のボウイによる面白いストーリーが展開されます。ボウイの研ぎ澄まされた美意識は、ナチスの映画の影響あってこそでしょう。

チャールズ・チャップリン 『独裁者』より 「床屋のヒゲ剃り」
The Great Dictator (1940)
  詳しくは右画像クリック
ブラームス ハンバリー舞曲第5番が使用された、この有名なシーンはヒトラーと関係ありませんが、当時の米国はまだ参戦していなかったにも関わらず、ユダヤ人であるチャップリンがヒトラーを“独裁者”としてコケにしたプロパガンダ映画(Wikiにはチャップリンはユダヤ人ではないなんて書いてあるが嘘八百。この顔、どっからどう見てもユダヤ人じゃねえか、ボケナス!)。ユダヤ、米国の激しい反ヒトラー/ナチス・キャンペーンはこの頃から始まる。日本を挑発して戦争を仕組んだルーズベルトももちろんユダヤ人。チャップリン初のトーキー映画だが、当時のドイツと友好関係にあった日本では戦後1960年まで公開されなかった。
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(2016.1.13)
デヴィッド・ボウイも亡くなりハフィントン・ポスト 2016.1.12、かつてのポピュラーミュージックの大御所たちがどんどん消えていく21世紀。マスコミ ゴリ押しによるものでなく、“本物”であった彼らがいなくなったあと、残るのはナリフリ構わず必死になって、貧相なクズ芸術で金儲けに奔走する屑マスコミや音楽産業だけになっていきます。有害なマスコミが「流行りだ」と垂れ流すものでなく、古典などとにかく過去のものに目を向けていきましょう。

『ダンシング・イン・ザ・ストリート』 詳しくは右画像クリック
Dancing In The Street - David Bowie & Mick Jagger(1985)
出演もしたチャリティコンサート LIVE AID(1985)でミック・ジャガーと共演のこのPVが初公開されて大ヒットしたカバー曲。ボウイ 38歳、ミック 41歳、ファンでさえも老いてきたと思ってた当時のボウイの元気な姿が見れて、世界中のファンには大変なプレゼントになったと思います。オリジナルはマーサ&ザ・バンデラス(1964・視聴はコチラ)
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◆ヒトラーが画家を目指していた頃、ナチス台頭期のドイツに行ってみよう 〜 帝政崩壊とルール占領、ハイパーインフレ

◆子供も大人も注意! 講談社は最大の左翼出版社 〜 女の堕落と男のフヌケ化はワンセット 〜 『 のだめカンタービレ 』に見る、現代の病理とヒトラーの予言

◆少子化は自虐史観に関連性あり!? 〜 日独伊 敗戦三国のみが異常な少子化傾向

◆左翼メディアの日本人白痴化洗脳工作について 〜 『 人間獣化計画 』 と 『 中共対日工作要綱 』

◆紛れもなく陰謀は実在しますが、表に出てる陰謀論者は結論を誘導し、真実を誤魔化します

◆陰謀論と新世界秩序、そして3S政策について 〜 NY911事件を予言していたハリウッド 〜 世界全体が巨大劇場と化した現代。アルカイダやISISは劇団と同じ

◆専業主婦がいなくなれば、TV・ラジオはもたない 〜 マヌケ腐れマスコミ
〜 米国911テロと、ビル爆破工事の酷似


◆亡国のシナリオ 〜 日本を、過去に滅んだロマノフ朝やハプスブルク帝国になぞらえたパターン

◆卑劣な左翼芸術家に追放された世界の藤田嗣治 〜『私は日本に捨てられた』

◆『シオン議定書』 - 第二次世界大戦を勃発させた人間獣化計画の基本文書

◆日本人なら『ねずみの嫁入り』の世界観を!〜 陰謀の黒幕を考えるのでなく全体として捉えられる感覚を持ちましょう

◆サルが人になったとする進化論と、日本人・陛下がサメの子孫とした日本神話、あなたはどっちを信じますか?
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古代日本が朝鮮半島を領有していた事実をもっと広めなければなりません

(2016.11.16)
こちらの戦前の歴史学習書をよく見ればおわかりですが、スサノオ尊は朝鮮にも渡っていたことが古事記にはしっかり記されているのです。それほど古代日本人にとって朝鮮半島とは身近な存在だったのです。
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(2013.4.14)
今の日本の学校教育はもちろん、古代史関連を見てると、「朝鮮半島からの渡来人(帰化人)が伝えた」、「仏教が渡来人から伝わった」、「朝鮮からの渡来人が建築技術を伝えた」など、「渡来人が・・・」「帰化人が・・・」「朝鮮から」……ウンザリするほど出てきますが、これら全部デタラメ。
渡来人がー(帰化人がー)、朝鮮から、百済から・・・その種の論説、TV番組、ドラマ、歴史書など、全部朝鮮に買収されたパッパラパー捏造史観です。「朝鮮からの渡来人が・・・」とか言ってたら、「こいつパッパラパーだ」と思ってください。
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(2012.3.3)
まず、奴ら朝鮮人は日本に文化を伝えたのがすべて朝鮮人だと主張してます。しかし、それは全くの間違いで、当時は日本人が朝鮮半島南部に住んでいたのだから、その日本人が今の日本本土に渡って一部の文化を伝えていたにすぎないということ(というより海を隔てた日本人同士で文化交流していた)。任那をはじめとする古代の朝鮮半島南部は当時の日本(倭国)の領土だったわけで、住んでいたのも日本人。任那はもちろん、百済だって日本文化圏でした。
あの一帯では日本にしかない前方後円墳がたくさん見つかってるんですよ。
朝鮮半島南部に日本人が住んでいた状態は、白村江の戦い(663年)で、日本(倭国)が唐・新羅軍に敗れるまで続いていました。
社会科(歴史)で「帰化人(渡来人)が文化を伝えた」なんて習ってきたもの、実は朝鮮半島に住んでいた日本人が本土に渡ってきたにすぎません。それを帰化人・渡来人なんて教えていたところが、そもそもの大間違いなんです。

今の英国のように、海を隔てたアイルランド北部もイギリス領であって、住んでるのも当然イギリス人であるのと同じ。発想を転換してくださいね。
古代では朝鮮半島の一部は日本であり、もちろん住んでるのも日本人だった。要するに古代日本人は、海の向こうも日本だという認識だったんです。
このことを広め、子供たちにも教えてあげていってください。これだけで、日本文化はすべて朝鮮由来だとする奴らの暴論だってすべて論破できます。

だから日本版レコンキスタ、いわゆる国土回復運動というものをするとするなら、当時の朝鮮半島南部の倭国領(任那)だった地域に住む今の朝鮮人にはとっとと出てってもらって、その一帯は日本に帰してもらうべきと主張するぐらいが、歴史を顧みた、本来あるべき日本人の主張といえるでしょう。それが奴ら朝鮮人に占領され、すべてを強奪された、朝鮮半島に住んでいた偉大な日本の先人たちの気持ちに立ったものであるはず。
日本人ご先祖様の悔しい無念な思いを偲び、これに関する一連のエントリーを読まれた上で、皆様によく考えていただきたいです。
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(2011.5.6)   (始めから)
朝鮮半島の一部を古代 日本が領有していた歴史的事実(任那)、もっと国内外で主張し、広めなければなりません。
日本人と朝鮮人を同化させる気なんてサラサラありませんが、保守や右翼を装ってる人たちに「そもそも朝鮮半島なんかを併合したのが間違いだった!」等、やたら朝鮮人との区別意識や朝鮮半島との境界意識を持たせて騒いでる連中がネット上にとても多いことに、大変な違和感を覚えます。
大日本帝国を肯定的に見る日本人なら、半島を併合したのが間違いだったとか、そういう発想はあまりしないはず。「アメリカと戦争したのが間違いだった」といった発想はしても、「朝鮮併合が間違いだった」とかいう発想、日本人なら普通するでしょうか? 台湾は吸収してよかったが、朝鮮はすべきでなかった・・・こんな風な発想する連中って、ちょっと奇異に感じませんか?

「朝鮮に関わるな!」等、熱心に福沢諭吉や本田総一郎らの話まで持ち出して無闇やたらと騒ぎ立てる人々からは、古代日本が朝鮮半島を領有していた歴史的事実から遠ざけようとしているフシが感ぜられます。奴らは朝鮮系右翼なんですから、表向き日本を守るフリして、実は奴らが守ってるのは朝鮮人や朝鮮半島。奴らは日本へガンガン手を出してるのに、日本人には「朝鮮へ手を出すな!」、奴らの思惑通り日本人が半島に全く手を出そうとしないのなら、それで喜ぶのは、日本人より寧ろ半島人の方ですよね。
確かに本田氏の言う通り、パクりが得意な朝鮮人ですから、奴らへの工業技術等の供与には最大限注意を払うべきですが、本気で朝鮮とは一切関わるな、朝鮮には手を出すなと思ってる日本人がおられるなら、奴らの術中に嵌ってマインド・コントロールされてる可能性が高いと思ってください。

奴ら朝鮮人は、日本をわがものにしようとしていて、実際にそれが既に現実化しつつある最中。対するやられっぱなしの日本人の方には「朝鮮人とは関わるな!」では、やっぱりおかしいのです。逆に奴らとどう対処するか、シッカリ考えなければならないはず。
確かに朝鮮とは関わらない方がいい部分もあるでしょうが、少なくとも私は、乗っ取られた竹島のような事例があれば、諍いを恐れず、ただちに「韓国に戦争を仕掛けてでも取り返せ!」と思うのが、まっとうな日本人の感覚だと思います。
日本人は朝鮮にもっと入り込んでいき(再び併合するとかそんなことでなく)、本来、日本人が半島を手中、配下に収めなければならないのに、今は全く逆の窮地に陥ってますよね。戦争で負けたわけでなくとも、これは完璧な敗北なんです。

尚、古代当時の朝鮮は、西側の中国人と半島にまで勢力を持つ東側の日本人のせめぎ合いの影響下にありました。
朝鮮から日本に技術が渡ってきたなんてのは、筋違いで、当時から日本本土に加えて朝鮮半島の一部を日本は領有してました。
だから朝鮮半島から技術が伝わったどころか、むしろ日本の方が当時の半島に中国と並んで文化的な影響を与えていたということ。
それゆえ朝鮮に残っている文化のルーツは日本にあるものの方が多いわけで、事実は奴らの主張とは正反対。
朝鮮半島内にあった親日国 百済の最古の寺院仏閣は6世紀からで、日本における仏教文化の起こりはじめも、ほぼ同時期で大差ありません。

平成に入ってから特に1990年代以降、国内の殆どの中学・高校で朝鮮半島にあった日本府 任那が教えられなくなったのではないかと思います。
恐らく30代半ば以下の方だと、朝鮮半島に日本府 任那があったなんて、知らない人ばかりではないでしょうか?

古代 東アジアには日中の二大文化圏があった

左の図は五世紀中ごろの日本(倭国)と朝鮮半島(任那は日本領)。画像クリックで当時の周辺地域や年表が見れます。
朝鮮人はもちろん戦後教育を受けた日本人は、東アジアの歴史観を概ね中国一極で見てしまいます。地政学的に日本より中国に近い朝鮮経由ですべてが日本に伝わったと奴らは主張してくるわけですが、古代の東アジアの実態は全く異なり、実際は当時から中国と日本の強大な二国が存在していたということ。朝鮮は、高度な文明を持った日中両国の間にあったにすぎず、朝鮮人は古代からその二国の影響下にあったわけです。百済だって日系人の支配した国。

奴らがよく言う、「渡来人が」、「渡来人から」日本に伝えられたとか言う話も、実は朝鮮半島に住んでいた日本人から伝わってきたにすぎません。だから“渡来人”という言葉だって、奴らの洗脳工作の一環と思ってください。

古代における日本を取り巻く環境、発想を転換しましょう。古代から東アジアには中国文化圏と日本文化圏が存在していて、当時から日本は大国だったということ。文化は朝鮮人から伝わったのでなく、日本本土および朝鮮半島南部の領域一帯に住む日本人が既に古代から高度な文明を持っていたということです。

だから先祖を大切にしなさいと、よく言われるんですよ。先祖、そしてルーツを大切にしましょう。守るべきはルーツです。
奴らは日本をルーツ丸ごと奪おうとしているのに、こっちはそこに目がいかず、こんなにすごい日本人がいたとか言っては、触れるのは近代の枝葉末節的なところばかり。もちろん、近代〜戦後の話も大切ではありますが、もっとルーツに目を向けないようでは、それだけで日本人は、奴らの戦略に完全に負けてるんです。奴らの攪乱戦法の術中に嵌ってるわけ。
日本人なら先祖を大切に。そしてルーツを守ってください!     (続く)
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(始めから)◆竹島を武力行使で即奪回せよ! そして、まずは容易に取り返せる古代における朝鮮半島の日本府“任那”を日本史上に奪還し、日本人に再教育せよ! 〜 韓土の日本領も奪回! 朝鮮半島にある前方後円墳

(続き)◆朝鮮人は、朝鮮半島に住んでいた古代日本人を蹂躙した侵略者!

◆こないだまで、古代日本は朝鮮半島南部を支配していたと教えられていたのに 〜 日本府 任那を消し去った売国奴学者列伝 実は朝鮮人か!?

◆真実の日本の歴史 〜 戦前の日本史教科書準拠 参考書より  /逝紂々調陲領鳳

◆有名人には、昔はドラッグ、今はアル中や更生施設入り多いね

◆「国を守ろう!」、「一つになろう!」 ・・・これって左翼のスローガンにもなるってわかってます?

◆最優先の改革はパチンコマネーとの決別〜反日外国人勢力の資金を断て!

◆誇りある日本人の精神性復活のため、メスを入れるべき二つの条件 〜 パチンコと男女雇用機会均等法の廃止

◆パチンコ市場30兆円!GDPの1割が在日!? 〜 在日マネーに支配される日本

◆あなたは反米? 親米? それとも反ユダヤ? 〜 マッカーサーとパチンコと朝鮮人

◆精子の薄くなった日本人 〜 日本人のオタク化がどんな末路を迎えるか

◆紛れもなく陰謀は実在しますが、表に出てる陰謀論者は結論を誘導し、真実を誤魔化します

◆ウルトラマン円谷がパチンコ傘下に! 〜 女子供の洗脳に熱心な左翼売国勢力
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2010.3〜